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    <title>増田経済研究所『閑話休題』バックナンバー</title>
    <description></description>
    <link>http://masudaasi.fukuwarai.net/</link>
    <language>ja</language>
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    <item>
      <title>【閑話休題】第588回・ゴシック・ロマンの傑作</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-09-06 16:11:00]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【閑話休題】第588回・ゴシック・ロマンの傑作&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ホラー小説には、ゴシック・ロマンと呼ばれるジャンルがある。先回、推理小説の話でエドガー・アラン・ポー(米)を引き合いに出したが、彼の「アッシャー家の崩壊」などは、まさにその最初の名作ということになろう。1839年に発表されたこの作品は、短編ながら、この登場がなければ、後のスティーブン・キングも存在しなかったろうとさえ言われる名作である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ゴシック・ロマン(ゴシック小説)というのは、18世紀末から19世紀初頭にかけて流行した神秘的、幻想的な小説のことだ。今日のSF小説やホラー小説の源流と言われるものだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ゴシック小説定番のモチーフは、怪奇現象、宿命、古城・古い館、廃墟、幽霊などだから、イメージはつきやすい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼19世紀には、それこそヨーロッパは文学の黄金期であり、いわゆるリアリズムが主流になっていったから、このゴシック・ロマンはまったくすたれたといっていい。完全に文学史上では、傍流となり、マニアックな存在と化していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼1911年、ガストン・ルルー(仏)の「オペラ座の怪人」はよく知られているだろう。さほど怖いという話ではないが、典型的なゴシック・ロマンで、さまざまな舞台劇や映画の素材になっているのでご存知の方も多いだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼先回やはり引き合いに出した、エミリー・ブロンテ(英)の「嵐が丘」も、ゴシック・ロマンではないかもしれないが、明らかにゴシック・ロマンの手法を用いていることで知られる。1847年の作品だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼怪物という鮮烈なキャラクターを登場させたゴシック・ロマンの傑作は、1818年のメアリー・シェリー(英)による「フランケンシュタイン」、1886年のルイス・スティーブンソン(英)による「ジキル博士とハイド氏」、そして1897年のブラム・ストーカー(英、アイルランド)による「ドラキュラ」だろう。この三作は「怪物もの」では、金字塔を打ち立てたといってもいいだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この「ドラキュラ」は、何度も何度も過去に映画化されているが、一度原作を読まれたらよい。映画より、はるかに面白い(というか怖い)。ゴシック・ロマンの真骨頂が結実した、わたしは名作だと思っている。実は最近、暇なときに少しずつ読んでいたのだが、あらためてびっくりした。正直、この原作を読んだのはわたしも初めてだったのだ。第三者の語りスタイルではなく、完全に登場人物たちそれぞれの日記や手紙、電報など、いわゆる広義の「書簡体小説」なのだ。それを発端から結末まで、時系列的につなげながら、並べていく形式をとっている。これは、意外感があったが、第三者の語りを読み進めるよりも、はるかに現実感があるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この後になってくると、20世紀に入って1938年に発表された、ダフニ・デュ・モーリア(英)の「レベッカ」が何といっても傑作だろう。映画化や、ミュージカル化もされている。幽霊は出て来ない。しかし、幽霊の影がちらつく。最後の結末では、亡霊がいたのか、亡霊を妄想した人間のなせるわざにすぎなかったのか、謎のまま終わる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼デュ・モーリアと言うと、ヒッチコックが好んだのだろうか、彼の監督作品に「鳥」というホラー映画があるが、これも原作はデュ・モーリアである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼このデュ・モーリアと同時期には、イーディス・ウォートン(米)がいる。彼女の作品はほとんどはゴシック・ロマンではないのだが、「幽霊」という短編集だけは、文字通りゴシック・ホラーの典型だ。じわじわと押し寄せる恐怖は、かなり極上のゴシック・ロマンと言える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この二人を最後に、ほとんどゴシック・ロマンらしいものは姿を消してしまった。その後、このテイストで傑作が出たのは戦後だ。シャーリイ・ジャクソンの「丘の屋敷(山荘奇譚)」がそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼スティーブン・キングが過去100年の怪奇小説で最もすばらしいと絶賛した小説だ。読んでみると(創元推理文庫にある)、キングがこの作品に多大な影響を受けて、あの名作シャイニングを書いたということが、バレバレである。設定に類似点が多いのだ。屋敷の霊に取りつかれていく狂気の展開など、大筋から細かい設定まで、まるでシャイニングである。ただここまで時代が下って来てしまうと、ゴシック・ロマンというより、ジャンル的にはモダン・ホラーということになっているようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この種のモダン・ホラーには、女流作家がやけに多い。たとえば、佳作を多く書いた豪州のVCアンドリュースもそうだ。彼女の中では、「オードリナ」がゴシック的な怪奇を見事に活写している。ただ彼女の作品の特徴としては、異常性愛が多くモチーフに使われている点だろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼いまや、ゴシック・ロマンのモチーフとなる素材そのものが、環境の変化でほとんどなくなってしまった。おそらく、往年のゴシック・ロマンというものが復活することは、もうないだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼それにしても、ゴシック・ロマンの作家というと、ポーやスティーブンソン、ストーカーなどを除けば、誰も彼も女性ばかりだ。どうも、女性というのは、男性よりずっと恐怖に近いところにいるのかもしれない。意外に怖がりなのは、女性より男性であるということかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼人間の本性を究極的に突き詰めていったとき、残るのは恐怖とエロスだと言った人がいたが、あながち見当違いではないかもしれない。最も原始的な本性である。少なくとも、近年だらしなくなってきた男という動物は、とうにこの原始的な本性を失ってしまった、哀れな存在かもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼夏の終わりのひととき、ようやく秋がそこに見えてきているちょうど読書にはいい季節になってくる。こんな往年のゴシック・ロマンを読んで、ぞくぞくされるのも一興ではないかと思うが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ちなみに、だいたいネットでアマゾンや楽天をググれば、中古にしろ新書にしろ、(絶版でも中古がある)たいていの作品を文庫でお読みになることができるはずだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ちなみに、日本のゴシック・ロマンというと何があるだろうか？ さっと頭に浮かぶのは、やはり泉鏡花の「天守物語」だろうか。戯曲だが、「夜叉ケ池」もこの範疇に入ると思うが、なにしろ戯曲であるから、舞台で観たほうが良いのだろう。坂東玉三郎の十八番だ。わたしは観劇したことがないので、なんとも言えないが。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼泉鏡花は、この種のカテゴリーに入りそうな作品が結構ある。一番有名な「高野聖」は、妖怪譚としては傑作だが、残念ながらゴシック・ロマンとは違う。雰囲気はゴシック・ロマンだが、なんといっても山奥の小屋でのお話になっているので、ゴシック・ロマンに約束事の「小道具(お城など)」が出てこない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ただ、雰囲気だけで良いというのであれば、泉鏡花をお勧めする。日本では近年、ほとんど読まれなくなった作家だろうが、これを超えるゴシック・ロマンはそうそう出てこないだろうと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日刊チャート新聞編集長&lt;br /&gt;
松川行雄&lt;br /&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>【閑話休題】PDFに差し替え〜第587回・真言(マントラ)の威力は侮れない</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-08-30 16:17:00]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【閑話休題】PDFに差し替え～第587回・真言(マントラ)の威力は侮れない&lt;br /&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>【閑話休題】第585回・南洋幻想〜モームとスティーブンソン</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-08-16 16:11:00]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【閑話休題】第585回・南洋幻想～モームとスティーブンソン&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼日本人だけではないのだ。北半球の人間というのは、どういうわけか赤道周辺の南洋諸島に、言うに言われぬ郷愁と幻想を抱きがちなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ハワイにしろ、タヒチ、サモアなど、南洋諸島がなにゆえ「楽園」のようなイメージでくくられ、また旅情を掻き立てるのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼もともと、南洋には白人の流浪者(ホワイト・ボヘミアン)たちがぞろぞろと集まってきていたのだ。彼らは、母国の窮屈な生活に嫌気がさし、あるいは仕事や事業、恋愛に失敗し、逃げるようにして出てきた連中もいただろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼現代は、「引きこもり」というが、南洋に出奔していった連中は「外こもり」と呼んでもいいかもしれない。毎日、原住民と同じく裸同然でうろつき歩き、酒をくらい、なにすることもなく日を送る。原住民たちからは、からかわれ、ときに調停者として尊重され、親しまれた白人の流浪者たちも少なくはなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼その後、どんどん植民地化が進み、えらそうな階級の白人たちが、気候の悪い欧州にいたころと同じ格好でやってきて、彼らが信奉する現代文明を振りかざしては、土着文化を駆逐していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼先にきていた流浪者たちは、後からやってきたこの傲慢な白人支配者たちに、剥き出しの憎悪をぶつけた。タヒチにいたゴーギャンもそうだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼南洋の土着の人たちからみれば、どこで外来人に線引きをしたであろうか。おそらく、土着化しようとしてた白人と、通りすがりの白人とで線を引いたはずだ。ゴーギャンは、その線上にあり、やや現地人側に傾斜していた、といったところだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼南洋小説の傑作を多く書いた作家に、有名な人物が二人いる。サマーセット・モームと、ルイス・スティーブンソンだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この二人とも、通俗小説の面白さに満ちていて、いまだに世界中で好んで読まれている。が、現地では二人の評価は、かなり違う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼スティーブンソンは未だに、サモアで深い尊敬と愛着を持って語られるが、モームのほうは嫌われているといってもいいくらいだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼モームは、皮肉屋なのだ。だから、文面からして、原住民を小ばかにしたような筆致が見え隠れしており、それが土着人の気に障るのだろう。愛情を感じないということだ。が、モームのその「クセ」は、なにも「南洋の土人」に対してだけではないのだ。文明人に対しても、平等に皮肉屋なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・・・わたしはいつも人々に興味をもってきたが、彼らを好きになったためしはない。(Sモーム)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
いかにもモームらしい言葉だ。だから、彼が南洋で嫌われているというのは、いささか気の毒な気もする。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼白人の貧窮流浪者たちは、南洋の持っていた自由さ、純朴さに心惹かれたのだが、後からやってきたキリスト教文明は、それをことごとく「野蛮だ」の一言で片づけ、「教化」していった。しかし、その情熱も今となっては当初の意図とは違う形で結実していっている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼たとえば、南洋のある島では、『死者の出た家を訪問すると死ぬ』という言い伝えがあった。しかし、白人宣教師が訪れたら死ななかった。宣教師たちは、『それは聖書を持っていたからだ』と布教の材料にしていったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼純朴な原住民たちは、次第にキリスト教へ入信していった。しかし、行けばわかるが、キリスト教は、あくまでその地の土着文化の上に「接ぎ木」されただけであって、よく見ると、「キリスト教だけれども、キリスト教とは違う何か」に変容しているのだ。もともとあった土着の精霊信仰は、まったく消滅するどころか、マリア像や磔刑像に形を変えていただけなのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼モームの場合、現代文明に変容したかにみえて、本音はまったく違う文化を脈々と伝えている現地人たちのずる賢さを皮肉り、一方で自分たちの文明強化策が一定の成功を治めたと信じてご満悦の白人支配階級を軽侮するのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼モームの傑作の中に、とりわけ有名な「雨」という作品がある。皮肉も皮肉、凄絶なまでの皮肉である。読み手を衝撃のラストで、最後にぺしゃんこにさせるところは、いかにもモームらしい。「雨」の場合は、白人宣教師と白人娼婦の話であるから、なにも南洋が舞台である必要はないが、それこそ南洋特有の雨が状況を劇的にさせているのは確かだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼もう一つの傑作「赤毛」もそうである。これは、白人船員とカナカ人女性との恋物語だ。美しい描写でつづられた悲恋は、そのまま終わるのかを想えば、ラストはやはり強烈な皮肉で読み手を、失望と愕然の淵に叩き落す。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼モームが、ホモセクシュアルであったということも影響しているのかもしれないが、男女間の愛をことごとく破壊しつくさなければ気が済まないという側面は、もしかしたらあるのかもしれない。もっとも、ホモセクシャルではなくても、こういう小説は書けるだろうし、このへんは過去さまざまな論評をされているが、今に至っても判然としない。(ちなみに、モームは結婚しており、娘もいた。バイセクシャルといったほうが正確かもしれないが)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ただ、わたしが思うに、モームはその仕事(本業)がこうした人間の裏面を突き詰めてみようとするスタンスにさせていたのではないかという気がしている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼モームは、第一次大戦が勃発すると志願してベルギー戦線(西部戦線)の赤十字野戦病院に勤務した。やがて諜報機関に転属。スイスのジュネーブに滞在して活動を行う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼表向きは作家を続けたが、1916年に健康を損ない、諜報活動を休止。翌年、アメリカから日本、シベリアを経由して、ペトログラードへと向かった。大英帝国情報機関MI6の所属である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼なにをやったかというと、ロシア革命が勃発しており、アナーキストが帝政ロシアを打倒して、革命政府が樹立されていた。無政府主義者も、自由主義・民主主義者も、共産主義者もごったまぜのケレンスキー革命政権である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼当時大英帝国は瀕死のフランスとともに、ドイツ軍と激しい消耗戦を西部戦線で行っていた。一方、それまで帝政ロシアは東部戦線でドイツ軍と戦っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼もし、革命政権がドイツとの単独講和に踏み切ってしまい、戦線から脱落すると、ドイツ軍は東部戦線の全軍を西部戦線に振り向けてくるだろう。これは英仏連合軍にとっては、とどめの一発をくらわされる危険性があった。だから、なんとしてもロシア革命政権がドイツと単独講和するのを阻止しなければならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼モームはその任務を帯びて、ロシアに潜入、ケレンスキーと交渉したのである。資金援助をすることで、革命政権は引き続き対ドイツ戦を継承することで落ち着いた。ところが、その矢先、レーニンがクーデターでケレンスキー革命政権を倒し、赤軍による政権奪取に成功。これで、ソ連が成立し、ソ連はただちにドイツとの単独講和に踏み切った。モームの調略は失敗した。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼こういう経歴のある人間だから、人間の裏の裏の、またその裏が見えてしかたがなかったのではないだろうか。疑わなければ、生きていけない、そういう世界にモームは生きていたのだ。それが、彼の小説にも色濃く反映されているような気がしてならないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼モームというと、ついつい「月と六ペンス」を思い出してしまうだろうが、それならゴーギャンの伝記を読んだほうが、遥かにマシだ。モームの真骨頂はやはり「雨」や「赤毛」だろうと思うのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼これに対してスティーブンソンは、批判や否定をしない。肯定できるものを、ひたすら肯定するのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・・・人生は良いカードをどれだけ揃えられるかではありません。手持ちのカードを使って何ができるかです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・・・すべての人に必ずどこか学ぶべき点があります。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
・・・幸福になることほど過小評価されているものもないでしょう。幸福に過ごす人々は、誰も知らないところで、しかし世界に大きな利益をもたらしているのです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼スティーブンソンは40代の若さで、死んでしまったが、それこそ「ジキル博士とハイド氏」や「宝島」などの傑作を世に出している。モームが90代まで生きたのに比べると、あまりにも早い死だが、その割には、モームより多くの人に好まれる小説を多産したと言えるだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼夢で見たことをそのまま書いた「ジキル博士とハイド氏」や、妻の連れ子二人(男女)がいずれも物語好きで、スティーブンソンがつくり話を考えて読み聞かせてやっていたのが、気に入られて自信を持ち、そのまま「宝島」に結実していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼「宝島」は大人が呼んでもわくわくする名作だ。少々、子供には乱暴すぎる内容であるかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼スティーブンソンは子供の頃から非常に体が弱く、何度か結核になっている。最終的には妻と話をしながら、ワインボトルの栓を開けた瞬間に脳溢血で倒れ、死んだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼その妻というのは先述通り連れ子二人がいて、スティーブンソンより10歳も年上のアメリカ人女性だった。パリで知り合って、それを彼はアメリカまで追いかけていって結婚したのである。体はひ弱だが、やることは情熱的である。この「熱さ」が、おそらくモームと違うところだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼その後、スティーブンソン一家は彼の転地療養を兼ねて、南太平洋はサモア諸島ウポル島に落ち着く。現地では、「語り部」として大変人気が高かったそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼このスタンスの違いが、南洋におけるモームの不人気と、スティーブンソンの人気と、明暗をくっきり分けることになったようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ちなみに、スティーブンソンは日本人から、吉田松陰の話を聞いており、その情熱的な生涯に感じ入ったのだろうか、「吉田寅次郎」という伝記を書いている。おそらく世界の歴史で、一番最初の吉田松陰の伝記であろうかと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼わたしはまだ読んだことがない。スティーブンソンはなぜ、聞きかじりで松陰を書こうとしたのだろう。なにが心を打ったのだろう。一度、みなさんも探してご覧になったらよろしいのではないでしょうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日韓チャート新聞編集長&lt;br /&gt;
松川行雄&lt;br /&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>【閑話休題】第584回・四谷怪談の謎</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-08-09 15:48:00]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【閑話休題】第584回・四谷怪談の謎&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼四谷怪談のことを書こうと思う。言わずとしれた、有名な「お岩さん」の話だ。ここに日頃から不思議だと思っている二つの謎がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼一つは、「お岩さん」と呼ばれる女性は、田宮又左衛門(下級武士)の娘だったが、実在の「岩」という女性は、いわゆる良妻賢母であったとされている。どうも、田宮家では、代々女性は「岩」と名乗っていたようである。だから、複数の「岩」が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼田宮家に婿養子に入った伊右衛門とお岩は、仲睦まじい夫婦だったが、身分が低く貧しかったため、お岩は単身で富裕層の屋敷に奉公に出ていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼奉公先でお岩さんは身を粉にして働き、近所の稲荷神社に「一日も早く夫と暮らせますように」と参拝を続けていた。真面目な働きぶりが屋敷の主人に評価され、夫伊右衛門は出世の取り計らいを受けることができた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この結果、夫婦は元通り同居できるようになり、生活も豊かになったという。お岩さんはその後も稲荷を信仰し続け、自宅に社を建立した。この社が地域住民の信仰の対象となり、今も続く田宮神社の元となったのではないかと考えられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼田宮家の過去帳によれば、二代目伊右衛門の妻で、1636年3月29日に亡くなった女性に「得証院妙念日正大姉」の戒名が贈られているが、この女性がお岩さんであるとされている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼このような経緯の女性が、どういうわけで復讐と怨念の塊のような亡霊として世に知られるようになったのかといえば、劇作家・鶴屋南北が「東海道四谷怪談」を著したからにほかならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼南北が「東海道四谷怪談」を書き上げたのは、「お岩さん」の死の200年後である。南北が生きた元禄年間に実際に起こった事件をベースに、「お岩さん」を捏造したというのが実際のところのようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼なぜ、南北はこの「お岩さん」を選んだのであろうか。ここが一つ目の謎である。これは近年よく言われる解釈だが、南北のような一般人からすれば、武士階級というのは実に不愉快な存在であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ともすると歌舞伎などの演目では、この武士階級を揶揄し、侮蔑するような内容が、大ヒットをしたのである。これは江戸市民たちのストレス解消の最大の方法でもあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼考えられることは、南北がこの「のり」で、しかも武家の良妻賢母の鏡のような女性をモチーフにして、地獄に突き落とし、その周囲の武士階層を恐怖のどん底に陥れる筋立ては、「当たる」と読んだのではないだろうか、というのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼これはかなり説得力のある、南北の創作「動機」と言えそうだ。だから、あの「東海道四谷怪談」と実際に歴史に登場したお岩さんとは、まったく縁もゆかりもない話だということになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼もともとこの「東海道四谷怪談」は、同じ元禄時代、世の中を騒然とさせた「赤穂浪士討ち入り」とセットである。「東海道四谷怪談」は、「赤穂浪士討ち入り」の外伝として創作されている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼元赤穂藩の浅野家家臣で討ち入りを誓った赤穂浪士の一人であったという設定だ。伊右衛門は、お岩さんと親しくなり、討ち入りから脱落。その後は吉良家の家臣・伊藤喜兵衛の孫娘お梅に気に入られて、邪魔になったお岩を毒殺しお梅と祝言を挙げてしまう。一方では、旧赤穂藩士が吉良家に討ち入り、復讐を果たす。一方では、お岩さんが亡霊となった伊右衛門を憑り殺し、復讐を果たす。こういう「からみ」になっているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼さて、南北が武士階級を舞台上でさんざんひどい目に遭わせることで、江戸市民の溜飲を下げたというのはわかる。ではもう一つの謎だ。「祟り」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼このお岩さんにまつわる祟りは、上演当初から延々と現代にまで語り継がれているのだ。一体これはどうしたことだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼大変有名な逸話の一つを、ここで紹介しておこう。撮影現場でセットの柱が倒れたとか、大八車の車輪がひとりでにはずれたとか、そういう話は枚挙にいとまがない。役者の目が腫れたという話はもちろん、撮影中に泊まった旅館で鏡を見たらお岩さんの顔が映っていたとか、そういう話も、ほとんど映画の撮影がおこなわれるたびに記録されてきたが、その類である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼白石加代子という舞台女優がいる。昭和41年に、彼女自らお岩役を岩波ホールで演じたことがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼上演中の怪異はほかのスタッフたちの身にも起こったが、ここでは主に白石ほかの出演者のことに絞る。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ある時、彼女はスタッフたちと五人で寿司屋へ入ったが、まずお茶が六人分運ばれて来て、続いてすしも六人分来た。店の人に注意すると、&lt;br /&gt;
「あら、もう一人、女性がいらしたんでは ? 」という返事だった。&lt;br /&gt;
その後も食べ物屋に入ると、一人分多くお茶や料理を出されるということが何度も起こった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼白石の舞台が始まると、いよいよおかしなことが起きた。彼女が幽霊となって宙吊りで飛ぶシーンで、全く覚えがないのに、着物のすそが、ぐっしょりぬれていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼次に、伊右衛門がお岩様を裏切って縁組みする伊藤家のお梅役の女優の右手、更に左手が、はれて来たが原因不明だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼更に、伊右衛門に謀られて、お岩様に間男(まおとこ)するあんまの宅悦(たくえつ)役の俳優の右ほおがはれて来た。お岩様のほおのはれと同じ部分だ。そして彼はそれだけでなく、右手をケガして、しかも自転車に乗っている時に転倒する事故を経験した。ただの転倒事故ならば、本人の不注意ということもあろうが、違っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼宅悦役の彼が言うには、自転車で走っている時に、突然女の人が飛び出して来た。だが、すぐあたりを見回したにもかかわらず、その女性の姿はどこにもなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼また、役者本人直接ではないものの、伊右衛門役の中村扇雀(当時)の付き人のお母さんが、舞台初日の前日に急死するという不幸があった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼すべて一つ一つは、多少不可解なことがあるかもしれないが、偶然や見間違い、勘違い、大げさ、そういった話で済むかもしれない。この種の話で問題なのは、「見た」「聞こえた」といったような事実などではない。タイミングである。それも連続的に発生しているというこのタイミングの集中性というものは、どうにも不可解だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼白石加代子のケースでは、芸人に死亡者は出ていない。「軽い」ほうである。しかし、直撃を受けて死亡した例も多い。その代表的なのが、一龍齋貞山である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼怪談噺(ばなし)を得意として戦前から於岩稲荷の参拝を欠かさなかった貞山は、晩年に「なぜか」その習慣を止めてしまい、幾つかの災難を経た後に脳溢血で倒れてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼当時(昭和41年)、上野の本牧亭では玄関先に真打ちの名前を書いた小田原提灯を吊していたが、その中で「一龍斎貞山」と書かれた提灯だけが風もないのに落ちる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼スタッフが気付いて掛け直しても、いつの間にかまた落ちている。一回の興行のうちに四回も落ちたので、これは尋常ではないという話になった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼このとき貞山の容態が悪化し、彼は息を引き取る。同門の一龍斎貞水の講談では、四度目に提灯が落ちた時に亡くなったとされている。こういう業界であるから、どこまで話を「盛っているか」は不明である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼近年の例では、1980年代、日本の3人組女声コーラス・グループで「シュガー」というのがあった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼このうちモーリ(毛利公子)は、バンド解散後、タレントとしてラジオのリポーターなどを中心に活動。1988年6月に結婚後も仕事を続けていたが、第一子の出産直前に常位胎盤早期剥離による羊水塞栓症を発症し29歳で死去(胎児も死産となった)。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼モーリは他の二人とともに、バンド解散直前に、テレビ番組の企画で、それぞれ怪物に扮する仕事があった。モーリが扮したのは、お岩さんだった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼番組中のワンコーナーだったということもあって、業界慣例になっていた於岩稲荷への参拝はしていなかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼解散後、ラジオ番組で「今、眼帯をつけてるんです。眼の周りが腫れてきてえ・・・」とリスナーに訴えていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼モーリは以前から交際していた男性と結婚し、第一子を妊娠。子供は順調に育ち、1990年4月16日が出産予定日だったが、直前4月6日に突然気分が悪くなり、日本医科大病院の救命救急センターに搬送されたが、母子ともに死亡。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼直接には、羊水が母体に逆流するというケースが死因だったが、あまりにも突然であるのと、その前にお岩さんにまつわるエピソードがあったことから、祟りの例としてよく語られている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼こうした事例は、それこそ南北の初演以来、大変な数に上る。ここで二つの謎がまた生まれる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼一つ目は、どういうわけか、「東海道四谷怪談」を題材にしたあらゆる種類の演目に、かかわった「芸人」たちばかりが、祟られているという事実である。歌舞伎役者、舞台俳優、本業は俳優ではなく、それが歌手であろうと落語家であろうと、この演目を題材としたものにかかわった「芸人が」ことごとく「やられて」いるのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼そこには、四谷の於岩稲荷に、事前にお参りしなかったからだ、という共通項が存在する。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼もう一つの謎である。で、あるとするなら、なぜ、「東海道四谷怪談」創作の張本人である鶴屋南北は(周囲には、さまざまな死亡事件が多発していたにもかかわらず)、74歳まで当時としては大変な長寿を全うしているのか。これはあまりにもおかしい話である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼これはあくまで都市伝説だが、一説によると、「お岩さん」の祟りというものは、鶴屋南北がしかけた「呪い」ではないか、というのがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼鶴屋南北という人物は、三代目鶴屋南北の娘と結婚したという経緯がある。26歳のときで、恋女房だったようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼しかし、まったく目が出なかったのだ。さまざまな劇作家の名人に師事しているが、30年にわたり、下積み生活が続いた。ついに、49歳のときようやく立作者となれた。翌年大ヒットを飛ばしており、8年後の57歳にして、ついに女房の父の名跡を継いで、四代目・鶴屋南北となる。ここから、非常に遅い「大南北」の傑作が世に出て行くことになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼「東海道四谷怪談」は、「仮名手本忠臣蔵」と合わせて初演されている。二日にわたる長丁場で、それぞれ前半後半に分け、時系列に合わせて上演されたのだ。このとき、鶴屋南北は70歳である。この5年後に南北は死んでいる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼祟りがあったとすれば、真っ先に矢表に立って、即座に死んでもよかったはずの南北が、初演後5年も生きたというのは、納得できない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この説によると、どうも南北はあまりにも長い下積み時代、才覚ある彼の実力や能力を見いだせず、あるいは知っていたがゆえにチャンスを与えなかった、当時の歌舞伎業界全体に対する、曰く言い難い怨念のようなものを、深く、長く持ち続け、「東海道四谷怪談」創作には、その果てしない怨念を込め、呪いを掛けたのではないか、というのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼その呪いが、具体的にどういう仕掛けになっているかは、当然南北しか知らない。しかし、南北が天寿を全うし、この演目に関わったおびただしい演者や関係者が、200年以上にわたって不審死を遂げて来たという事実がある。歌舞伎を中心に、今で言えば芸能界そのものに、とてつもない呪いの連鎖を仕掛けたのではないか、というのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼もしこの世に「祟り」なるものがあったとして(あるのだ。それはほんとうに事実である。)、この仮説が正しいとすると、お岩さんの祟りとは、実は鶴屋南北の世紀を超えた「呪い」のせいだ、ということになる。さて、真実はいかに。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日韓チャート新聞編集長 松川行雄&lt;br /&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>【閑話休題】第583回・ゴジラの変化に、人間の本質が見える。</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-08-02 16:45:00]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【閑話休題】第583回・ゴジラの変化に、人間の本質が見える。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ゴジラというと、日本が生んだ世界的なキャラクターだ。1954年昭和29年に、東宝で公開した特撮怪獣映画だ。その後一連のシリーズ作品は、日本の子供たちのみならず、世界中の子供たちを熱狂と興奮の渦に巻き込んでいった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼やはり1950年代の作品はモノクロだけに、着ぐるみの怪獣映画とはいえ、現在のCGを駆使した、よりリアルな映像よりも、妙に生々しく迫真力がある。不思議なものだ。リアルなら迫真力が増すというものでもないらしい。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼このゴジラは、時代の申し子である。もともとは当時社会問題となっていたビキニ環礁の核実験に着想を得て製作された映画だ。だから、ゴジラは人間にとっての恐怖の対象であった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼第1作「水爆大怪獣映画・ゴジラ」の監督をつとめた本多猪四郎は、「戦後の暗い社会をことごとく破壊、無秩序に陥らせる和製キングコングをつくりたかった」と述べていたそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼つまり、ポイントは二つ。核兵器という恐るべきものへの恐怖と、敗戦後の日本という認めたくないほど惨めな社会状況(敗戦からまだ10年も経過していない)の全否定だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この非常に深刻な設定のゴジラ映画であったが、次第に怪獣vs怪獣のパターンになっていくにつれて、ゴジラは人類の見方、正義の味方に変質していった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼近年は、それこそCGを駆使したハリウッド版「ゴジラ」が世界的にヒットを飛ばしている。今年5月に日本でも公開された「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」は、いかにいもハリウッドらしい、娯楽映画としてはよくできた内容だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼が、驚いた点がある。設定がまったく初代「ゴジラ」のころとは、真逆になっているということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼なにを言っているかというと、キングギドラとの闘いで衰弱した瀕死のゴジラを復活させるのに、渡辺謙が扮する芹沢博士が自ら犠牲となって核爆発を引き起こすのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼本来、核の脅威の象徴であったはずの「ゴジラ」が、地球や人類を救う救世主としての核の象徴に、完全に話が入れ替わっているのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
★戦後、ビキニ環礁のほか数多の核実験が行われたエニウェトク環礁には、厚さ45cmのコンクリートで放射能汚染土壌を格納したルニット・ドームがある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
★ご存じのようにプルトニウムの半減期は2万4000年だが、コンクリートの耐用年数はながくて100年。すでにルニット・ドームには亀裂が生じ始めている。そもそも一時投棄との位置づけで建設された施設なので、サイクロンなどが環礁を直撃した場合には崩壊する危険性がある。つまり、汚染物の海洋流出のリスクが指摘されているわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
★初代「ゴジラ」は、架空の大戸島に古くから伝わる伝説の怪獣「呉爾羅」に由来しており、海中深くジュラ紀以来生き延びていた巨大生物が、放射能を浴びて巨大化(50m)したという設定だった。力強い「ゴリラ」と、体の大きな「クジラ」の合成語だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
★ゴジラ誕生から65年を経て、その象徴的な意味合いは、180度転換してしまったことになる。この皮肉な現実が、時代の流れや変化というものなのかもしれない。つまり、人間はまったく学習効果というものが無いということの証明を、「ゴジラ」がしてみせたということにでもなるだろうか。&lt;br /&gt;
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日韓チャート新聞編集長 松川行雄&lt;br /&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>【閑話休題】第582回・本当のロシア・ゲート疑惑</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-07-26 16:47:00]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【閑話休題】第582回・本当のロシア・ゲート疑惑&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ロシア・ゲート問題は、あたかもトランプ政権のアキレス腱のような報道のされ方をしている。メディアはことさら、トランプ大統領の足を引っ張ろうとすることに全力を注いでいるが、反対にトランプ大統領の支持率は上昇しているというのが実態だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼国民もバカではない。ロシア・ゲート問題をつきつめれば、結局トランプ大統領(それも大統領就任前の話がほとんどだ)より、民主党重鎮クリントン夫婦に及ぶことを知っているからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼それは、「オバマ政権時代のロシア疑惑」のことである。オバマ前政権が米国ウラン資源の20％の権益を持つ、カナダ企業の「ウラニウム・ワン」を、ロシアに売却する計画を承認する際、当時、担当責任者の1人である国務長官のヒラリー・クリントンや、陰の実力者であるビル・クリントン元大統領、そしてクリントン財団がどう関わったのかという疑惑だ。これこそが「本物のロシア疑惑」というわけである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼一説によると、この「ウラニウム・ワン」買収とほぼ同時期に、ロシア関係者から何と1億4500万ドル(約165億円)という巨額の献金がクリントン財団になされたという。&lt;br /&gt;
 &lt;br /&gt;
▼この「ウラニウム・ワン」売買について、ヒラリー国務長官を含む担当責任者らが承認したのは、2010年のことだ。当時、この疑惑発生当初から捜査に全責任をもつFBI(連邦捜査局)長官はロバート・ミュラー現特別検察官だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この事案をめぐっては、「ロシア側からの国際的な贈収賄、リベート、強要、資金洗浄」に関して、FBIに情報提供者を通じて、証拠が蓄積されていたと報じられていた。その報道内容にバラツキはあるものの、クリントン夫妻やクリントン財団が疑惑の渦中にあることに変わりはない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼そのFBIへの情報提供者は議会証言をしたい意向だったにもかかわらず、オバマ政権の司法長官はそれを阻止したとされる。議会証言すれば刑事訴追するとまで脅されたというのだ。これは明らかにFBI情報提供者に対するオバマ政権による「言論弾圧」であり、「議会からの情報隠し」のそしりを免れない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この「言論弾圧＝議会からの情報隠し」の疑いは、FBI情報提供者が雇った弁護士によって、米メディアに明らかにされた。それを知った議会は烈火のごとく怒り、司法省に対して、その解除を強く要求した。オバマ政権からの残留組が多い司法省のキャリア官僚たちは、議会の剣幕に脅え、「言論弾圧＝議会からの情報隠し」はすぐさま解除された。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この「すぐさま解除」したことは、逆に言えば、オバマ政権による「議会からの情報隠し」が、ズルズルと長年にわたって実在したことを意味する。たしかに、この事案は刑事問題のほかに、ウランに関わる国防問題の側面もあり、非公開にする必要があったかもしれない。だとすれば、秘密会で議会証言させるという手もあったはずだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼このオバマ政権による「引き延ばし戦略」、すなわち、議会に情報開示せずに問題を引き延ばす戦略には、似たパターンがつきものだ。2009年の段階でFBI情報提供者が、ロシア側による違法行為の多くの証拠をもたらしたと伝えられる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ところが、当時、そのロシア疑惑の捜査は、ミュラーFBI長官の下で、延々と引き延ばされたと、米メディアは報じている。ロシア側の担当者が逮捕されたのは、何とミュラーFBI長官が退職した翌年の2014年だった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼オバマ政権時代、オバマ大統領とミュラーFBI長官とは切っても切れない関係にあった。FBI長官の任期は10年というのが慣習になっているが、オバマ氏の要請でミュラー氏は2年延長してFBI長官を務めている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この「本物のロシア疑惑」には、日本企業もとばっちりを食っている。東京電力と東芝は、国際協力銀行とともに「ウラニウム・ワン」に出資し、20％近くの株式を保有していた。しかし、同社のロシアへの売却に伴い、同社株を手放すことになった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この「本物のロシア疑惑」は、民主党にとっては核弾頭級の大問題である。なぜなら、「ウラニウムワン」売却当時、共和党は、国家安全保障上、ロシアへの売却などありえない、と大反対していたからだ。それを、売却強硬したのがクリントン国務長官であり、オバマ大統領だったわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼仮に来年の大統領選挙で、民主党が敗れたとしたら、民主党からは「トランプ大統領弾劾」を本格的に行うという説もある。が、それも無いだろう。そんなことをすれば、トランプ政権は、この民主党にとっては最大の「弁慶の泣き所」のすべてを暴露し、大々的な反民主党(反国家的犯罪)として大キャンペーンを打つことは必至だからである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼国民は、アメリカの国益(それが単細胞的な意味であったとしても)、トランプか、それとも民主党か、どちらが国益にかなった行動をしているかということを、この一件だけで明確に線引きすることができる。民主党は圧倒的に不利である。人権や、平等、貧富の格差といった、理想主義的なスローガンは、売国的行為という汚点一つで、すべて台無しになってしまうのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼よく、「トランプ大統領は、メディアとのコミュニケーションが下手だ」と批判され、バカにされる。それにくらべて、民主党の大統領候補たちは、メディアに融和的だと評される。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼しかし、民主主義にとって、どちらが一体、あるべき正しい姿だろうか。民主党候補たちのように、メディアにおもね、メディアも肩入れして、両者癒着のような傷のなめ合い関係が、真の民主主義にとってあるべき正しい姿なのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼それとも、トランプ大統領のように、一時間に一回は、メディアと論争し、言い返し、押収となり、ツイッターで両者口かわ泡を飛ばして舌戦を繰り返す。どちらが正論かは横におき、両方の反対の主張が、真っ向からぶつかり合う緊張の連続こそが、民主主義の真骨頂だったのではなかったのか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼そういう意味では、メディアから「民主主義を冒涜する大統領」として非難の矢面にたっているトランプ大統領のほうが、はるかに「民主的な」言動に終始しているとさえ思えるのだが、どうだろうか。少なくとも、健全な政権とメディアとの関係である、と思うのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
増田経済研究所 日刊チャート新聞編集長&lt;br /&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>【閑話休題】第581回・合成の誤謬(ごびゅう)</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-07-19 16:23:00]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【閑話休題】第581回・合成の誤謬(ごびゅう)&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼合成の誤謬という。経済学でよく使われる用語だ。個々の世界では合理的でも、その集合体としては非合理的な状態になってしまっていることを言う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼1人の人が得をしようと思ってやった行動でも、みんながやると国全体が悪化し、結局は自分にとって良くない結果をもたらすことをいう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼たとえば、朝の8時に通勤ラッシュになり電車が大混雑することがわかっていたとる。&lt;br /&gt;
そこで時差出勤としてある人が1時間早く、7時に電車に乗ったとしたら、空いているのでゆっくり座って通勤できる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ところがみんなが7時に乗ったら、単に通勤ラッシュの時間が1時間早まっただけになってしまう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼これも1人の人だけが時差出勤をしただけなら、その人は得をしたわけだが、みんなが同じ行動をしたら、全員がある意味損をする。合成の誤謬の身近な例といえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼経済学に当てはめてみよう。個人にとって節約は美徳であるが、全員が節約を励行すると社会全体の総需要が減り、経済は委縮する。すなわち所得が減ってしまうのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼国民全員が「清貧の思想」を奉じて行動すると、実際に経済全体が貧しくなってしまうということだ。つまり、「ミクロ的視点で良かれと思ってしたことが、マクロ的に好結果を残さないことがある」という現実。これが、「合成の誤謬」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼最近、この合成の誤謬が指摘されているのは、例の年金不足問題がきっかけで露わになった日本という経済と、ここの日本国民の家計の問題である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼たとえば、一人一人の国民が、老後に不安を覚え、あるいは若い人でも将来の収入に不安を覚え、貯蓄を増やし、消費を削減する。これ自体は当然のように合理的な行動原理である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ところが、国家全体としてみると、とてもではないがそれでは経済活動は衰え、成長の持続などおぼつかない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼企業にしてからが、すでに純資産合計が1070兆円もあり、政府の純負債740兆円をはるかに上回っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼そこで政府は、企業に賃金アップを要求するが、企業は企業で将来に不安を覚えているのである。もちろん、グローバルに生き残るための開発や研究などに怠慢であったというそしりは免れないかもしれないが、それにしてもすべての企業が、そうした積極的で前向きな経営ができるわけではない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼経済学というものがよく陥る罠は、国家も企業も、すべての個々の国民も、一様に最も合理的な行動をするという前提にたっている点である。ここに経済学というものの、致命的な限界がある。人間や社会という集団は、必ずしも合理的な行動原理通りに動かないのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼個々の国民の合理的な貯蓄志向というものを是正するために、国家が企業に賃上げを働きかけるのは、気持ちとしては理解できるが、ピントはずれである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼賃上げをしたくなるようなきっかけをつくるのが国家の仕事であって、賃上げを企業に要請することではないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼こうした合成の誤謬というものは、金属疲労を起こしている日本社会のあちこちに見出すことができる。それはたいていの場合、「是正」しようとするスタンスでしかアプローチできない国家や官僚が問題なのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼そうした「是正」ではなく、「引き出す」きっかけや動機をつくることが国家や官僚の任務であるにもかかわらず、日本という国家は延々とこの「無理」をずっと繰り返してきたといっていいだろう。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日刊チャート新聞編集長&lt;br /&gt;
松川行雄&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>【閑話休題】第580回・復讐と贖罪</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-07-12 16:26:00]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【閑話休題】第580回・復讐と贖罪&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼恋愛はいつも、エゴイズムで終わる。究極の形は復讐である。逆の究極は贖罪かもしれない。いずれにしても成就しないのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼成就してしまったら、それは幸福であるかもしれないが、少なくとも文学のテーマにはならない。問題提起にならないのだ。そしてまた成就しないからこそ、恋愛の激しさ、重さ、その醜さ、浅墓さが際立つからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ここに両者の典型的な小説がある。まず、贖罪から見て見よう。トルストイの『復活』だ。恋愛と、愛と同じなのだろうか。どうも違うようだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この小説は、トルストイの中の長編では、わたしは『戦争と平和』より、『アンナ・カレーニナ』より、はるかに質が高いと思っている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼主人公のネフリュードフは、ある裁判の陪審員として出廷する。被告人は、驚くべきことに、若き日に弄んだ下女のカチューシャだった。彼女は、ネフリュードフに捨てられた後、彼の子供を産み、娼婦に身を落とし、殺人にかかわっていたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼カチューシャには殺意が無かったことが証明され、本来なら軽い刑で済むところ、運命のいたずらか手違いでシベリア流刑となる。ネフリュードフは、贖罪の意識に目覚め、恩赦をもとめて奔走し、ついに彼女の後を追い、その厚生に一生を捧げる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼最後まで小説はトルストイらしい、あまりにも理想主義的なヒューマニズムに貫かれている。それだけに、(作者の意図とは別に)果たして氷のように心を閉ざしたカチューシャは、ネフリュードフの愛(と彼は思っているが、必死で救済しようとしているのは、彼自身の魂にほかならない)は届くだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼カチューシャが「許す」と言えば、万事解決するのだろうか。二人が改めて結婚すれば、それで幸福になれるのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼さまざまな疑問や懐疑を読者に残しながら、一方的な贖罪の物語は進行していく。ネフリュードフをロマンチシズムであるとすれば、変わり果てたカチューシャはリアリズムの権化である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼カチューシャにとってみれば、自分を弄んだときも、自分を救済しようとしている今も、ネフリュードフのようなロマンチシズムは、鬱陶しさのなにものでもない。変わり果てて彼女は本来冷徹なりアリアズムの世界に生きているからだ。しかし、カチューシャは、今でも実はネフリュードフを愛していたのだ。しかし、ネフリュードフが果たして心底、カチューシャを愛していたかといえば、おそらく違う。だから、カチューシャは、罪人の彼女に改めて結婚を申し込んだネフリュードフに応えなかったのだ。また求婚を受けることで、むしろカチューシャは、愛するネフリュードフの一生を破壊してしまうことを恐れたのだ。だから、身を引いた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼さて、こうした一見、遅すぎた純愛物語、悲恋物語のように見える『復活』だが、カチューシャの拒否は愛かもしれない。が、果たしてネフリュードフの求婚は、愛なんだろうか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ある意味、これも贖罪を扱いながら、究極のすれ違いということもできる。これと対照的なのが、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼トルストイの長編の中では抜群に読みやすい『復活』と違い、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』は、嫌になるくらい読みにくい。そもそも、(当時から問題とされていたように)語り手が、ときに真実ではないこと、つまりウソを言うのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼三代にわたる愛憎劇であるだけに、人間関係や筋書きが複雑で、読者はときに混乱する。昔は、出版社が時系列的に話を並べ替えてしまったことがあるくらいだという。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼話を簡潔にすれば、要するに幼馴染のキャサリンに裏切られたと思ったヒースクリフが、その一族を支配し、財産をすべて奪い、死に追いやり、そして滅ぼそうとする執拗なまでの復讐の連続である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼そして、その結末は、どうだったろうか。滅ぼされかけた一族の生き残り二人は、ヒースクリフの死後、幸せな明日という光を垣間見始めるのである。ヒースクリフの復讐は、成就したと言えるのか。それとも、すべては無益な徒労でしかなかったのか。一体あの、生涯をかけた狂気のような復讐は、なんの意味があったのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼あるいは、キャサリンの死後、ヒースクリフがその墓を暴いて死体を抱く場面がある。そこでヒースクリフの愛は、多大な犠牲を払いながらも、成就したと言えるのか？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼逆の言い方をすれば、ヒースクリフのキャサリン(自分を捨てた女性。彼女がすべての発端である)への愛とは、果たして愛だったのであろうか。もしそれが真実愛だったのであれば、愛とは復讐と本質は変わらないのだから、そのくらい彼の愛とはおぞましいほど醜悪なものにほかならないものだったということだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ヒースクリフは、語り手(ネリーという下女)によって最後の最後まで、その心のうちというものを明らかにしていない。酷薄無残な復讐鬼の行状のみが延々とつづられている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼ヒースクリフは、キャサリンを思い起こさせるこの世のすべてを破壊しつくそうとして、最終結末ではそれを果たさずに狂死していくのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「さえない結末じゃないか。しゃかりきになって奮闘した末に、こんなところに行きつくとはお笑いだな？」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼しかも、彼はこの復讐劇の元凶であったはずのキャサリンには何一つ手を下していないのである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼『復活』も、『嵐が丘』も、恋愛小説とは実は呼べない。いや恋愛小説なのかもしれないが、「愛の小説」ではないのだ。本人たちは、自分に執着し、相手に執着すればするほど、お互いの意志とはまったく無縁の、目に見えない力によって振り回されているようにしかみえない。もっと逆説的に言えば、それを知らしめると言う意味では、「愛の小説」なのかもしれない。ここには「愛は無い」という小説である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼愛という、一見非常に深い小説のテーマのように見えていて、つきつめるとどちらの名作も一種の「狂気」と言ってもいい。『嵐が丘』は容易に狂気を感じることができるが、『復活』は違うというだろうか。ネフリュードフのように、貴族が全財産を投げうって、一人の身を持ち崩した犯罪者の娼婦に身を捧げようとするのである。これを「狂気」と言わずになんと言おうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼『復活』も『嵐が丘』も、主人公のカップルは、実は最初から最後まで、一心同体なのかもしれない。『嵐が丘』の中で、キャサリンが、そこにヒースクリフがいると知らずに、彼の愛を話す場面がある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
「彼が、わたし以上にわたしだからよ。」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
身震いするような一言である。シベリア送りになるカチューシャが、ネフリュードフから遅すぎた求婚を告げられたときに応えなかったのも、カチューシャにとってはネフリュードフが、自分と一心同体と思えるくらい愛していたからにほからない。自分のために、ネフリュードフを引き摺り、彼を壊したくはなかったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼彼らが抗い、あるいは復讐しようとしたり、贖罪しようとしていたのは、むしろ彼らの人生をまるごと呑み込んでいる運命そのものであったかもしれない。その意味では、本当のテーマは、心のすれ違いでも、復讐でもなく、彼らの愛のありかたでは、運命を克服することができないという問題提起であったかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日刊チャート新聞編集長&lt;br /&gt;
松川行雄&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>【閑話休題】第578回・今、そこにあるチャイナリスク</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-06-28 16:39:00]&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
【閑話休題】第578回・今、そこにあるチャイナリスク&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼この閑話休題で、あまり時事問題を取り上げるのはよそうと思っていますが、めずらしく今回はチャイナ・リスクの問題について、書いてみようと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼長いこと、中国は、バブルが崩壊しただの、国家が破綻するだの、体制がひっくり返るだの言われ続けて、結局未だになにも起こっていない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼わたしも、あの規模の多きさと、独裁政権の強みから言っても、そう簡単につぶれるような国ではないと思っていた。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼しかし、である。さすがに今回は、いささかピンチなようだ。米中問題も然り、香港の騒動に代表されるような、分離独立的な動きもそうだ。あるいはまた景気そのものの問題、臓器売買やイスラム系・チベット人などへの弾圧はじめ人権問題、挙げていけばキリがないほどある諸問題だが、いずれもかなり限界にきている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼その中で、ここでは財務破綻に瀕しているという話を書いておこうと思う。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼中国の対外債務が急速に膨らみ、中国のみならず潜在的には世界にとって大きな問題になりつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼公式的には中国の対外債務は1兆9000億ドル(約205兆円)。経済規模13兆ドルの中国にとっては大きな額ではないが、この数字だけ見ていると、内在するリスクを著しく過小評価することになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼昨年9月時点の対外債務全体に占める短期債務の割合は62％だと公式統計はなっている。つまり今年1兆2000億ドルの借り換えが必要となるわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼懸念されているのは債務の増加スピードだ。対外債務総額は過去1年で14％増え、2017年初めからは35％増加した。短期債務も、似たようなペースで増大している。これに対して、外貨準備は、公称3兆ドルだが、誰もそんなに現時点であると思っている人はいない。1兆ドルあれば、驚きである。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼実は対外債務は、もっとあるはずだ、という意見もある。日本の民間調査によれば、中国の対外債務は3兆－3兆5000億ドルだと推計しているものもあるのだ。つまり、公式統計に含まれない香港やニューヨーク、カリブ海諸島といった金融センターでの借り入れを考慮すれば、対外債務総額は最大1兆5000億ドル過少に見積もられている可能性もあるわけだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼習近平国家主席肝いりの広域経済圏構想「一帯一路」を推進するため、ドルでの借り入れなど、政策が対外債務の増加を加速させた。返済は今年と来年、ピークを迎える。これが時限爆弾である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼これまで、中国に関して強気派は、「対外債務水準は低く、外貨準備高は巨額であり、金融リスクは封じ込められている」とずっと主張し続けてきた。しかし、今や状況は変わりつつある。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼17年初め以降、中国の対外債務は四半期ごとに、平均700億ドルずつ増えている。こうした増加ペースが続けば、中国は外貨準備取り崩しか元安容認という受け入れ難い選択肢に向かわざるを得なくなり、いずれにせよリスクはさらに高まる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼元安容認などした日には、アメリカがどんな報復をしないとも限らない。「相殺課税」である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼こうした中国によるドル建て債務依存の拡大についてしっかりと考える必要がある。資金調達のいかなる停止も深刻かつ予期せぬ結果を招く恐れがあるからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼今、中国は、米国による事実上の輸入制限などを受けて、塗炭の苦しみの中にある。景気は悪化する一方だから、金融緩和措置をドラスチックに行いところだが、それでは人民元安が強まる。ドル高・人民元安はアメリカが忌避するところだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼かといって、この状況で(香港騒動もあいまって)富裕層や中国系グローバル企業あたりでは、資本の逃避が始まっているようだ。これを止めるには、金利を引き上げなければいけないのだが、そんなことをしたら、株も債券も、そして不動産も耐えられない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼資金は無い。一帯一路で大盤振る舞いしすぎたのだ。アジア・アフリカでの支配力を強めるために行ったのだが、大量保有している米国債をかなり担保に入れているということは、公然の秘密であるから、むやみやたらに米国債を換金売りすることすらできない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼それでも一部米国債を売ったり、なんとか工面して資金をつくり、人民元を買い支え、そのための担保価値を確保するために、金を買いためている。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼一般マネーも、恐らく、リスクを取れるものは、ビットコインや金に資金を逃がしたのだろう。このところのビットコインや金の戻り高値更新は、このチャイナマネーの逃避行動ともいえる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼人民元からのマネー流出が、一番恐れるのは、中国の国債の価値が毀損するということである。いわゆる格付けだが、これが引き下げられようものなら、ただでさえ金が足りない中国政府としては、金利支払いもできずにデフォルト(債務不履行)ということにもなりかねない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼さて、この状況がいつまで続くだろうか。ここでアメリカの金利が再び上昇し始めたら、一体中国になにが起こるか、かなり背筋が寒くなる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼一体、どこのほころびから、どういう危機が発生してくるのか、ということは誰にもわからない。そして思い出していただきたいが、かつてサブプライムローンが破綻し、アメリカ発の暴落となった頃である。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼あの暴落が、ことのほか1929年以来の大恐慌になるのではないか、といった危機感に至ったのはなぜかというと、だれもサブプライムローン(劣悪な不動産担保証券)が何なのか、どのくらいの規模で、誰がどのように痛手を被るのか、まったく全容がつかめなかったからだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼市場が一番嫌がるのは「わからない」ということなのだ。景気が悪化するとかいう話は、危機でもなんでもない。悪化した場合にどのていどまで最悪ひどいことになるか、およそ予想がつくからだ。しかし、サブプライムはその予想の建てようがなかったのだ。誰もその実態を知らなかったためにほかならない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼先述通り今年、来年と、債務支払いがピークとなる中国で、危機が起こらないとは誰も言えない。従って、その時点では、一体それがどこまでどういうふうに波及していくのか、サブプライムローン問題以上に、まったく見通しの効かない竹のカーテンの中だけに、グローバル市場の動揺ははかりしれない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼かつてのように中国が破綻したところで、世界の資本市場にほとんどかかわっていなかったときと違い、大いに自らクビを突っ込んでしまっただけに、だれももはや全容をつかみきれない状態で危機が起こることになる。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼思った以上に、このチャイナリスクの炸裂というものは、遠いものではないかもしれないし。従来の「閉ざされた中国」という認識から、世界金融と複雑に関係を以てしまった中国へ変貌しているため、思った以上に、その副作用は大きいような気がするがどうだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼日頃から、危機が発生する前のアンテナを、よくよく注意してみておこう。なかなかネットでは見ることができないと思うのだが、中国5年物国債のCDS(クレジットデフォルトスワップ)というのがある。一種の保険効果を持たせた契約なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
▼このCDSが急騰したら、リスクの炸裂が始まったということである。一応、目は光らせておくので、万が一そういう事態が起きたときには、日々のレポートでお知らせする所存。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
日韓チャート新聞 編集長&lt;br /&gt;
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    </item>
    <item>
      <title>【閑話休題】第577回目・心静かにギターを聴きましょう。</title>
      <description>【閑話休題】&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
[記事配信時刻：2019-06-21 16:12:00]&lt;br /&gt;
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【閑話休題】第577回目・心静かにギターを聴きましょう。&lt;br /&gt;
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一応、URLをコピ張りしやすいように(あるいはURLクリックすれば直接飛べるかも)、PDFでアップします。&lt;br /&gt;
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    </item>

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