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増田経済研究所『閑話休題』バックナンバー

【閑話休題】第431回・ピンポーン

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【閑話休題】第431回・ピンポーン

【閑話休題】

[記事配信時刻:2016-08-12 16:41:00]

【閑話休題】第431回・ピンポーン

▼わたしが怪談を引っ張り出すときというのは、たいていネタが尽きているときだ。これも、実話怪談である。東北の(名前は出せないが)ある、仮設住宅地域での話だ。

▼東京から仕事でその街に転勤になったのだ。仮にAさんとしておこう。Aさんの地域は、まだ荒廃したままで、仮設住宅がようやく整備されつつあった時分のことだ。

▼ぽつぽつと、やはり仮設のお店が出来始めたころ、Aさんの同僚家族が旅行をかねて東北を訪れた。Aさんを訪ねていったのだ。この家族をBさん家族としよう。

▼同僚Bさん家族は、奥さん、そして三人の子供(全部男の子)だった。

▼その日、Aさん家族のほうは、近くにできた仮設のラーメン屋さんに食べに行くということになったので、Bさん家族も一緒に付き合う、という話になった。その仮設のラーメン屋での話が今回の怪談である。

▼彼らが訪れた仮設のラーメン屋は、以前は夫婦と、ご主人のお父さんと3人で営業していたところだったが、ご主人一人を残し、家族という家族は、例の東日本大震災で全滅している。

▼目一杯入って20人くらいの仮設店舗だ。入口に来客があると、センサーでピンポーンとなる。

▼AさんBさん家族は、総勢8人でこの店にはいった。注文をして(当時、注文するといってもラーメンの種類は一つしかなかったそうだ)、雑談しながら、ラーメンを待っていたのだ。仮設といえども、まだ店らしい店が少なかったこともあって、その日は結構な客数で、彼らが入ると、ほぼ一杯になったようだ。

▼そのうち、ラーメンが出てきて、みなで食べていたところ、Bさん家族の真ん中の男の子(小学校1年生)が、突然「ピンポーン!」と大きな声で言った。

▼店のご主人は「元気がいいねえ」と声をかけた。その子は、調子に乗ったのか、また「ピンポーン!」と大きな声で言った。母親が「静かに食べなさい! ほかの人に迷惑でしょっ。」とたしなめたが、その後もその子の「ピンポーン!」は合計4回を数えた。

▼ほかの客たちも、最初は笑っていたが、4回も続いたので、やや怪訝そうな表情になり、なんとなくざわざわし始めた。

▼こうなると、慌てるのは、Bさん夫婦だ。「いい加減にしなさいっ。」と言って、お父さん(同僚のBさん)まで奥さんといっしょに、子供を叱りつけた。

▼しばらく黙ってラーメンを食べていたその子は、今度はラーメン屋の店主(カウンターの中にいた)に向かって、「お水がでてないよ~!」とこれまた大きな声で言った。

▼その店は、入口のところに給水器があり、客が各自でコップを取って入れるようになっていたのだ。店主は、そう言って「お水無い人はいる?」と店一杯の客たちに声かけしてみた。

▼客たちは、常連だから給水器があることくらい知っている。みなかぶりをふった。すると子供が「だってさ、お客さんが入ってきているのに、ピンポーンってならないからぼくが言っているんだよ。それにみんな、お水が無い、っていうから、ぼくがそう言ってあげたんだ。」

▼これにはAさんBさん家族のみならず、店主や客たちもだんだん穏やかではなくなってきた。非常に困ったお母さんが、ややキレ気味に言った。「お客さんなんか、わたしたちの後だれも入ってきてないじゃないの。どこにいるの? お水無いっていってる人はどこ?」とたまらず聞いたそうだ。

▼すると子供は、『おじさんがいるよ』とか、『おねえちゃんがいるよ』とか、そういう小学1年生にありがちな、曖昧な表現をするかと思いきや、驚くべきことに「●●の▲▲さん」とか、「■■に住んでる××さん」とか、きわめて具体的に人の名前を言い出したのだそうだ。

▼このことで、店にいたその他の客たちが、まさに騒然となった。そして、口々に「ぼうや、ほかに誰がきてる? 自分は誰だと言っているの?」と、みながテーブルに寄ってきては、訪ね始めた。

▼子供は、「※※さんところの、★★子。」それは、近所の、亡くなったご婦人の名前だった。客たちが、「おい、※※んところの嫁さんが来てるぞ! 旦那をすぐ呼んでこい!」と大騒ぎになったのである。

▼子供が言った4人は、いずれもその地域の人で、震災で亡くなった人だったことがたちまち判明していった。当然、東京からいった小学1年生の男の子が知るよしもない。

▼店内は、この一件で大騒ぎとなり、店主は、ところどころ空いてる席に、4人分のラーメンを次々に出していった。するとまたくだんの子供は、ひときわ大きな声で、「ぴんぽーん!」と叫んだ。店中てんやわんやである。口々に客たちは「あ、また誰か来たんだ!」と大変なことになってきた。

▼「ぼく、今度は誰だ? 誰が来たんだい?」と客たちが聞くと、ラーメン屋の店主を指差し、「おじさんのお父さんだって!」と言った。

▼たまらず、カウンターから飛び出してきた店主は、「おやじが来てるのか? おやじは何て言ってるんだい?」と聞いた。すると子供は、ややあって「まぐね、しくった」と言ったそうだ。当然その子供は、東京の子だから方言など知るはずもない。そこにいるなにものかが言ったことを、彼なりに聞いたまま、まさにそのままを伝えたのだ。

▼どうも「まずい。失敗だ。」といったような意味らしい。店主は、ぼろぼろと目から涙がこぼれながら、嬉しそうに「そっか。まずいって言ってるか。そうか、おやじはそう言ってるか。そうか。」と何度も繰り返していたそうだ。

▼亡くなったお父さんは、おそらく「息子がつくったこのラーメン、こんなものはまずい」と文句を言っていたわけだ。店主にしてみれば、ここで初めて、父親の死というものについて、心のどこかで折り合いをつけることができたのだろう。逝った者が、こうして生者を気にかけているのだ。わたしたちのほうも、そうでなければおかしい。

▼信じる、信じないはどうでもよいが、この話を読んで何とも思わない人というのは、某大槻教授くらいのものだろう。

▼さて、盆入りだ。13日が入り、16日が明け。ご先祖さまたちがやってこられても、恥ずかしくないような人となりと生活をしていたいものだが、これだけ生きてきて、未だに駄目で情けない。

増田経済研究所 日刊チャート新聞編集長
松川行雄



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