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増田経済研究所『閑話休題』バックナンバー

【閑話休題】第166回・虚虚実実

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【閑話休題】第166回・虚虚実実

【日刊チャート新聞記事紹介】

[記事配信時刻:2013-10-30 18:30:00]

【閑話休題】第166回・虚虚実実



▼もう25年から30年も前の話だ。企業スパイさながら、暗号を使った虚虚実実のビジネスに関わっていたことがある。あれから相当時間も経過しているから時効のようなものかもしれないが、一応、迷惑がかからないとも限らないので、すべて匿名の「読み物」ということにしておこうと思う。

▼当時、ビルマ(現ミャンマー)は独立以来の軍事政権下にあり、ビルマ式社会主義によって、事実上の鎖国経済を行なっていた。日本からは賠償事業といって、わずか数社の工業製造メーカーのみが、現地でアセンブル工程(組み立て)を行なうことを許され、ビルマの外貨獲得の原資になっていた。

▼その一つのメーカーの下請け的な製品がある。ここでは単に「製品」としておく。私は大学卒業後、そのメーカーの海外部で営業をしていた。あるときからビルマを担当することになり、この虚虚実実のビジネスの暗部にかかわっていくことになった。

▼ビルマは、物資輸送がほとんどトラックで行なわれていたため、内陸奥地まで運ぶと、その「製品」の消耗度は大きかった。毎年、ビルマは国家入札によって、海外から「製品」を大量輸入しており、私の勤めていたA社は、競合他社(B~D社などとしておく)と、その入札を競っていた。

▼担当を始めてから、驚くことばかりだった。ビルマの首都ラングーン(現在のヤンゴン)には、A社の「製品」を輸出入代行する大手商社の事務所があったのだが、そことの国際電話では、商談が一切できなかった。電話で、四方山話をしているうちはいいが、いざ具体的な入札に関する議論を始めると、いきなり電話回線が断たれる。盗聴されていたのだ。

▼ビルマは、先述のように一党独裁の軍事警察国家であったから(これは戦前の日本占領軍が作り上げたものと言っても過言ではない)、盗聴など当たり前だったとは思うが、このあからさまな盗聴と回線切断には閉口した。鎖国主義によって、表向きは公平の原則に基づき、一切「商談・交渉」というものはないという前提になっていたのだ。入札一発で、勝負が決まる。

▼ところが事実上、日本からしかこの「製品」は輸入しない、という暗黙の了解が日本・ビルマ両国の間にあった。それで、A社をはじめ日本の業界は、安穏としてこの絶対に取れる入札にあぐらをかいていた。

▼その結果生まれたのがカルテル(企業間協定)だ。一番大きなサイズの「製品」は今年、A社がすべて受注し、二番目のサイズはB社、三番目はC社がそれぞれ全量受注する。このように、サイズごとに毎年、どの会社が全量受注するかを、「日本側」が決めてしまうのだ。どうしてそのようなことが出来るのか。それが、「チャンピオン制」と呼ばれるカラクリだった。

▼チャンピオン制とは、談合のように各メーカーが順番に受注する仕組みである。たとえば、一番大きなサイズの「製品」についてA社が独占することで合意ができれば、B社以下の他社は100ドルで応札し、A社だけが99ドルで応札するのだ。同じように、B社が二番目のサイズを独占することで話が決まれば、他社は全員80ドルで応札し、B社だけが79ドルで応札する。どうせ、日本製品しか買わないビルマである。このようなやり方をすれば全量、どのサイズも日本企業がそれぞれ独占受注できる。

▼このチャンピオン制度は、ずっと長いこと機能していた。ビルマ側も当然分かっていたが、黙認していた。もはや国ぐるみ、業界ぐるみのカルテルだ。毎回、入札内容が発表されると、各社の代表が集まり、このチャンピオン制でサイズごとに、各社の「取り分」について合意する。けっして自分が取るサイズ以外の入札では、破格の応札価格を出さないという取り決めがなされていたのだ。しかし、私が担当になったとき、それが揺らぎ始めていた。

▼加えて、その「製品」の業界にも安い韓国勢が入ってきたりして、全戦全勝だった入札でも日本勢が敗退するようなことが始まった。折しも、70年代以降の変動相場制で、円が上昇するトレンドにあった。外貨が不足しているビルマは、日本製品を輸入することが苦しくなってきて、次第に安い価格で応札してくる韓国製品などに、落札分を振り向けるようになっていったのだ。そのためA社も、必死で落札するようになった。それは他社も同じである。この結果、チャンピオン制度の裏をかいた、いわば「もぐり」が横行し始めたのだ。

▼たとえば、私が勤めていたA社が、その入札で一番大きなサイズのチャンピオンだとすれば、取り決めではA社は99ドルで、他社は100ドルで応札するはずである。ところが、フタを開けてみるとA社は取れず、C社が取ったというようなことが起きた。入札はすべて秘密であるから、どこがどういう価格で実際に応札したかは、分からない。C社は、「うちは取り決め通りの価格で応札した」とシラを切り通す。

▼私たちは、そこでスパイ戦に突入することとなった。大手商社が相手の公団内部の購買部門に入り込み、人的なネットワークを築く。それには工作員が必要になってくる。フィクサーと呼ばれる人間たちだ。そして、入札の結果を手に入れ、どこが「抜け駆け」したかをつかむ。次の入札では、型どおり各社の間で取り決めがなされるが、私たちはその裏をかいた応札価格を提示する。こうなると、もう泥沼の「もぐり合戦」になってしまう。

▼当然、入札中に内部工作員からの情報で、他社がいくらで出しているかをつかむ。これには、金がかかる。工作費用だ。そのため、A社は大手商社に通常払っている口銭に1~2%分を乗せて、それを指定された香港の銀行口座に入金する。私たちは、その工作員を“ジンギスカン”という暗号で呼んだ。

▼大手商社の現地駐在員との連絡は、電話が盗聴されているためもっぱらテレックスだったが、その電文も暗号化された。A社を「読売ジャイアンツ」とすれば、B社は「阪神タイガース」、C社「広島東洋カープ」、D社「大洋ホエールズといったように野球の球団名が用いられた。製品名は自動車メーカーの社名やカローラ、ブルーバードといったような車の車種名が使われた。単純なただの置き換えによる暗号であり、ちょっとした専門家なら、いとも簡単に解読できそうな代物だったが、使わないよりはマシだった。

▼ただ、サイズと数字に関しては、誰にも分からないように、かなり複雑なアルファベットや数字を組み合わせた符牒がつくられ、コードブックが用意された。当然文章は英文だ。しかし重要な単語、たとえば「入札価格」「値引き」「船積み」「生産」などは、すべてまったく別の単語に置き換えられ、一読すると、ほとんど意味をなさない英文にしか見えない。

▼敵の裏をかいたつもりが、逆に裏をかかれるようなことも起こった。現地の商社にいるローカル社員に、逆スパイの疑いが出てきた。そこで、今度は偽情報を流し、故意にテレックスを置き忘れるなどして、敵方や公団側の情報霍乱で応戦した。もはやバトルロイヤルだ。延々と工作員を使った神経質な情報戦が繰り広げられ、入札を取ったり取られたりの乱戦だった。

▼やがて、A社の幹部から、そもそもジンギスカンの存在に疑義が指摘され、「工作活動を探れ」という指示が飛んだ。私たちは香港やビルマへ趣き、その資金ルートの足跡を辿り、工作員に直接コンタクトするなど、かなりきわどい作業にも従事することになった。もちろん、商社には無断の単独調査である。商社が敵と談合している可能性すら考えられたからだ。

▼香港やビルマでは、まったく商社とは別ルートの興信所や工作員を通じて情報の入手を試みた。しかし、しょせんこの種の活動には不慣れな素人。かえって情報の氾濫と、袋小路とに板ばさみとなって、決定的な事実の確認にまで至ることはなかった。

▼むしろ、現地の商社駐在員が、官憲に別件で取り調べを受けるような事態が発生し、暗に国外追放をちらつかせるようなリスクに直面。何日も帰宅が許されず、事実上の拘留といったようなケースが出てくるに及んで、いったんビルマへの輸出活動を中断する羽目に陥った。それとて、商社側が官憲とつるんで「やらせ」の拘留事件を引き起こした可能性すら疑われる。何を信じて、何を疑えばいいのかがまったく分からず、混乱のきわみに追い詰められた。

▼そうこうしているうちに、ビルマ経済は破綻。民主化運動の高まり、軍による一方的なデモ隊への斉射で多数の死者が出始める。事実上の内乱状態へと突入した。政府は粛清を強めると同時に、一国社会主義を放棄して、経済の民主化に動き出す。名ばかりとなっていたチャンピオン制度は、名実ともに崩壊した。

▼私が若い頃に経験した、このような間諜(スパイ)まがいのビジネスは、まだ可愛いものだろう。もっとまがまがしく、醜い商戦があちこちで繰り広げられているに違いない。もっとも、私がかかわったケースでは、犠牲者が出なかったから大した話にもならなかったのだろうが、一人でも闇に葬られる人間が出ていたら、笑い事では済まされなかった。知らず知らずのうちに、紙一重のところを歩いていたような気がする。

増田経済研究所
「日刊チャート新聞」編集長 松川行雄



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