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増田経済研究所『閑話休題』バックナンバー

【閑話休題】第286回・ロシアの憂鬱 前編

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【閑話休題】第286回・ロシアの憂鬱 前編

【日刊チャート新聞記事紹介】

[記事配信時刻:2014-04-30 15:14:00]

【閑話休題】第286回・ロシアの憂鬱 前編

▼わたしは、ロシアが好きなのだ。音楽も、文化も、自然も、その風土や文化の一つ一つに、言いようの無いノスタルジアを感じる。が、こと政治になると、話は別である。とくに近代以降、すべてのロシアの政治行動を否定したくなる。

▼そもそも、ロシアは「逆立ちしたローマ帝国」なのだ。ロシア人は、モスクワ大公国以来、これを伝統的な政治的遺伝子としてきた。世界帝国の聖地ローマ→コンスタンチノープル(ビゼンチウム、イスタンブール)→モスクワと、「世界帝国」を継承してきた、という自意識が強いのだ。しかも、欧州の誰も、それを認めていない。ロシアの憂鬱の原点はここにある。

▼中国が、「中華」という国家を超えた世界観の中で睥睨(へいげい)しようとする遺伝子であるのと同様に、ロシアもまた「ローマ」という世界観の中で、睥睨しようとする。酷な言い方をすれば、ある意味、倒錯した民族精神性ということもできる。

▼どちらも、近代的な国民国家の意識が、どうしても根付かないのだ。中国が、徹頭徹尾、自尊心の塊なら、ロシアはコンプレックスの塊が「逆立ち」しているのである。

▼現在ロシアが抱えている大きな憂鬱の一つが、人口問題である。出生率はどこの国でも大きな問題だが、ロシアでも、深刻な問題になりつつある。

▼たとえば、ロシアの女性1人が一生に産む子供の平均数は1.3~1.5人。日本の1.25よりはまだまだ多いが、ロシアの人口は毎年70万人ずつ減少し続けている。

▼ところが、チェチェンやイングーシなどイスラム圏の出生率は3~4人。50年後には、ロシア人とイスラム教徒が半々になるとの予測がある。かつて、ソ連崩壊のときにも、ロシア人と非ロシア人の人口バランスが逆転したことが、崩壊の直接的理由だったが、こんどはロシア連邦内で、同じことが起きようとしている。

▼下手をすると、極東ロシアが、ロシア連邦から分離独立してしまいかねない問題をはらんでいるわけだ。

▼極東ロシアでは、純然たるロシア人でさえ、ヨーロッパ・ロシア人とはずいぶんと政治的な認識に温度差がある。

▼たとえば、近年、ウラジオストック在住の日本の中古車輸入販売を手がける会社の社長アレクサンドル・チェチュリンが一冊の本を自費出版した。「北方領土(南クリル諸島)」は誰のものか」というタイトルだ。

▼ ロシア人が四島返還を訴える本を出版するのは珍しい。 チェチュリンは1991年の旧ソ連崩壊をきっかけに歴史認識に疑問を持ち、2000年から 7年かけて仕事の傍ら、文献や専門家への聞き取りを重ね、四島が日本の領土であることを知った。

▼「領土問題は政府が解決するもの」としながらも、「真実と正反対の認識をしているロシア国民に、正しい歴史を伝えたい」というのが動機だそうだ。チェチュリンは言う。「この問題が解決しなければ、第二次世界大戦は終わらない」と主張。これまでハバロフスクの
中学校などでも、北方領土の歴史を訴えるなど精力的に活動してきた。

▼同書には、「真実を教えてくれて感謝する」といったような反応は多いが、誹謗中傷、クレームまがいのものは、一つもまだ無いという。「領土問題の解決が、日ロ関係の新たなスタートになる」と理解を求めて活動を続けていくと、チェチュリンは話している。

▼先年、彼が属する日本の中古輸入車業に携われる人たちや、日本車に馴れ親しんでいる一般市民たちによる、大規模なデモがウラジオストックで起こったことがある。当局の輸入関税の大幅引き上げに反対したのだ(ロシアには、守るべきろくな自動車産業がないにもかかわらず、である)。デモ隊の横断幕には、なんと「極東ロシアは、日本領に帰属したい」というとんでもないものだった。

▼もちろん、これは当局の政策を批判するための、極論を使った皮肉でもありブラック・ジョークでもあるわけだが、それくらいナショナルなものの自覚が、ヨーロッパロシア人と極東ロシア人では温度差がある、ということだ。まかりまちがっても、モスクワやサンクトぺテルスブルグでは、こんな横断幕は飛び出しはしない。そもそも、極東ロシアでは、ロシア人より、非ロシア人のほうが多いのだ。

▼最近の世論調査によると、ロシアの成人人口の22%が国外移住を希望しているという。4年前の7%の3倍である。国外移住を希望しているのは貧乏で絶望している人ではない。これはロシアの状況への不満が驚くべきレベルにあることを示している。

▼経済は悪化している。クリミア問題発生で、今後ますますルーブルの下落、主力の石油・天然ガス資源の販売減でそれが深刻化することは言うまでもない。

▼しかも、好況・不況にかかわらず、国民も企業もロシアの外にお金を持ち出している。純資本逃避だ。危機より怖いのは、停滞だ。その恐ろしさは、この20年日本も味わってきた。

▼ロシアの最大の脆弱性はエネルギーへの依存という産業構造にほかならない。プーチン体制の下、ロシア輸出の石油・ガスの割合は半分から3分の2になった。そのほとんどは生産増より価格増による。予算も石油収入に依存している。5年前には1バレル50ドルで均衡予算が組めたが、来年は1バレル120でないと組めない。もはや赤字である。

▼要するに、ロシアは石油収入を誤用したのだ。学校や病院の改善、石油・ガス産業の近代化に投資せず、政治的支持を得るためにソ連時代の非効率な構造の経済を維持するために使った。非効率な国内自動車企業をプーチン大統領が支援したのはその例である(これが、先年の中古の日本車輸入に対する増税の動きと、極東ロシアでの反政府でもを引き起こした。)。結果として、ロシアは強い経済成長力を持っていない。

▼外国からの投資も国内投資もロシアの酷いビジネス環境で抑制されている。汚職は活動的で才能のある人々の芽を摘んでいる。ロシアの支配層の行動は競争の息を止めている。エリートの多くはKGBや軍・警察など治安機関出身者である。プーチンの血脈に通じる人たちだ。彼らの本能は創造し競争するよりも、捜査し、奪取し、統制し、競争相手を土俵から追い出すことにあり、イノベーションを生まない。

▼そもそもロシアの科学者が帰国したいと思っていないのだ。米に留学したロシア人の科学系学生の77%はロシアに帰らない。最近の調査では、5千万ドル以上の資産を持つロシア人の88%が資産を海外に移動させ、会社を売ろうとしている。子供たちを海外留学させているが、ロシアに返す気はない。

▼これは停滞の感覚を育てている。貧困や失業、不安定化や革命の脅威が移住を考えさせているのではない。ロシアではもう何もできないと感じ、国を離れたいと考えている。将来への希望がなくなっている。

▼裕福なロシア人は、お金で買えないもの、業績の正当な評価、財産権の保障、安全、医療、子供のための適切な教育を求めている。賄賂を払ったり、政治的理由でビジネスを失ったり、腐敗した官僚のせいで収監されたりしない生活を望んでいる。

▼ソ連崩壊後、ゴルバチョフからエリツィンにいたる、希望に満ち溢れてはいたが、あまりにも混乱と無秩序を、とにもかくにも安定に持ち込むことができたプーチン体制だが、それはとどのつまりは、かつてのソ連の体制に回帰することでしかないのだとしたらどうだろう。いま、多くのロシア人は、戦後のソ連が味わった、あのとめどもない閉塞感と停滞を、感じ始めているのだろう。その経済の停滞ぶりは、旧ソ連・ブレジネフ時代を想起させるというロシア人も多いようだ。

▼地政学的には、一度分裂したような広域国家は、何度も分裂を繰り返すという見方もあるようだが、ロシアは成長の回復に手間取ると、通常の国では考えられないリスクを孕んでいるわけだ。それは、過去、分裂の歴史を何度も持っている中国と共有している、同じ病理である。

増田経済研究所 日刊チャート新聞編集長
松川行雄



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