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増田経済研究所『閑話休題』バックナンバー

【閑話休題】第35回・地政学

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【閑話休題】第35回・地政学

【日刊チャート新聞記事紹介】

[記事配信時刻:2013-04-19 17:00:00]

【閑話休題】第35回・地政学


▼地政学(ジオポリティクス、ゲオポリティク)というものがある。疑似科学とも、似非科学とも言われる。要するにまともな学問として認められていないのだが、その実、隠然たる影響力があり、各国の政府・軍隊では参考としているフシがある。政治の話であるから、ここはひとつ個々人の主義主張を棚上げして、冷徹に考えてみよう。

▼戦前から地政学は日本でもずいぶんと研究されていたが、戦後はまったく忘れさられていた。これを一般に知らしめたのは、亜細亜大学教授だった倉前盛通の『悪の論理』だった。在職中に出版されたこの著書は、財界やビジネスマンを中心に、予想外の大ベストセラーとなった。同じく地政学的な見地から書かれた著名な本といえば、渡部昇一の『ドイツ参謀本部』だろう。とくに、『悪の論理』では、20世紀中にソ連が崩壊することを見事に予言していた。それも、ロシア人と非ロシア人との人口バランスの逆転がきっかけになるとしていたが、現実はおおむねその流れでソ連は分裂、ロシアと分離独立国家の時代へと移行していった。

▼地政学というのは、基本的には国家の地理的位置環境が、その国家の行動原理を既定するというもので、とくに軍事学では要衝の確保という観点で重視された。しかし、軍隊の行動原理と企業や投資の行動原理は、かなりオーバーラップしている。目的には破壊と成長、富の拡大といった違いはあるものの、そこにいたるプロセスの要諦は、きわめて酷似している。

▼このところお騒がせのキプロスだが、ECB(欧州中央銀行)などユーロ経済圏が、異様なほど高圧的な預金封鎖措置を要求するなど、支援の見返りに厳しい条件を課した。これも、タックスヘイブン(税金優遇)をいいことに、とりわけロシアマネーがロンダリング目的でキプロスの銀行に資金移動してきた。これがキプロス問題の遠因になっている、といわれる。

▼歴史的にキプロスは、地中海の制海権を握る上での要衝だった。中東の紛争に戦闘機をスクランブルさせるにも、米英はキプロスを拠点としている。そこにロシアの影が重くのしかかってきていたのだ。実際、キプロス沿海の海底資源にロシアは権益を持ち始めている。欧州としては、きわめて由々しき事態だ。歴史上、何度もこのロシアが、黒海からエーゲ海を経て、地中海に南下しようとするのを押し返してきた経緯がある。キプロス問題には、単なるいびつな経済小国の金融危機ではおさまらない、もっと重大な地政学的な理由が潜在しているのだ。

▼極東にも地政学がある。明治維新以来、なにゆえ日本が朝鮮半島と満州にこだわったのか。公的には、殖民支配を目的とした侵略ということで済まされてしまうが、話はそう簡単ではない。実際、当時の日本の国庫歳入全額と、満鉄(南満州鉄道株式会社)の営業利益は、驚くべきことにほぼ同額であった。しかも、日本の国庫歳入の大部分は、戦時国債に依存していた。いかに満鉄は日本にとってドル箱だったかが分かるが、満鉄の利益のかなりの部分が蒙疆公司という関連会社を通じた、「アヘンの生産と中国への輸出」であったことは意外に知られていない。

▼満州からは輸出だが、中華民国(当時は蒋介石の国民党支配)からみれば、満州は日本が不法占領しているので、あくまで国内であるという認識にたっていた。このため、満蒙から流入するアヘンに関税をかけるわけにいかない。中国は、すでに長年にわたり、一般家庭にまでアヘンが蔓延していた状態で、国民党政府にとってもこの売り上げが国庫歳入に大きく貢献していた。それが満州事変以降、日本に奪われたのである。

▼日本の満蒙支配は、このように対ソ防衛ラインの構築だけではなく、現実的な利害関係が衝突する最前線と化していた。このため、もともと親日的だった蒋介石をして、「生死関頭」という徹底的な抗日戦を宣言せざるをえないほど、財政的に追い詰めることになってしまった。いわば、第2次アヘン戦争である。

▼しかし、その暗い歴史的な問題をあえて除外しても、日本が朝鮮半島と満州にこだわった理由は十分に説明されない。満蒙のアヘン支配というのは、ずっと後になって発展的に出てきた案件であり、副次的な産物だった。本来はやはり、ロシア・ソ連という強大な、ことあるごとに南下を試みる国家の脅威が地政学的には根本的な理由だったろう。中華民国は、国共内戦が続き、およそ満蒙の安定性は約束されていなかった。うかうかしていると、満蒙、朝鮮半島がソ連のような敵対勢力に支配されてしまい、日本は日本海の制海権を失い、存亡の危機に立たされてしまう。

▼実際、マッカーサーは日本を占領し、直後に始まった朝鮮戦争で、はじめて「なにゆえ、あれほど日本が朝鮮半島と満州にこだわったか」ということを、肌で認識することになったようだ。その挙句が、彼の満州への原爆投下要請だった。日本がやったことを、彼は原爆一発でやろうとしただけにすぎないとも言える。所詮、マッカーサーも、戦前の日本が選んだ同じ道を歩んだのだ。

▼日本にいたマッカーサーの危機感は、遠くワシントンにいたトルーマン大統領には伝わらなかった。マッカーサーは解任され、満州への原爆投下という悲劇は回避されることになったが、地政学的にそれが妥当な選択だったかは、冷徹な政治学の立場からはなんとも言えない。地政学が「悪魔の学問」と呼ばれるゆえんだろう。

▼この地政学では、日本の陸軍は、海上からの支援が及ぶ限り能力を発揮できる。だが、海が見えなくなると、とたんに烏合の衆と化す、とされている。つまり、日本の陸軍の特性は海兵隊的な強さであり、反面内陸に深く入っていった場合、まったく機能しなくなる、ということだ。

▼一方、アメリカは本来、巨大な内陸国家である。しかし、中国やロシアと違って西部開拓によるフロンティアが終焉して以降、幌馬車や騎兵隊が大海軍と戦闘ヘリコプターになりかわり、海洋国家的性格を帯びている。平原・海洋では強く、海岸線の橋頭堡確保では実力を発揮するが、ベトナム戦争のときの奥深いジャングルのように、深く内陸に入り込むと、にわかにその脆弱性が露呈する。海洋性という点では、日本と共有している。

▼こうした軍事的な地政学の論理を、そのまま企業活動や投資に当てはめるわけにもいかないだろう。それでも、なにやら日本が中国経済の奥へ奥へと深く入っていくことに、ある種の不安を覚えるのは私だけだろうか。とくに現在、不幸にして、東シナ海、南シナ海で、日本やフィリピン、マレーシア、ベトナムと、中国との間では新たな地政学的な緊張感が急速に高まっている。

▼一方、歴史的な地政学上の大問題である、ロシアという存在が、日中間の不協和音に乗じて、北方領土の帰趨(きすう)をちらつかせながらすり寄ってきている。アメリカのシェールガス革命によって、資源国家としての地位が大きく値崩れしようとしている危機感が、ロシアにはある。資源ばかりが前面に出て、その他の産業がいっこうに成長しないロシアにとっては、ここで日本と友好を保とうとする理由は確かにある。しかし、これも相手が相手だけに、なかなか一筋縄ではいかない。

▼あくまで地政学的な見地からだが、日本が最優先させるべきパートナーチームの構築は、インド洋・東南アジアから太平洋、アメリカ大陸に及ぶ広大な海洋的性格を持った国々だということになる。TPP(環太平洋経済連携協定)は、各国の国内産業の保護と自由化を巡って、なかなかまとまりがつかない問題を抱えている。しかし、地政学的な見地からすると、中国、ロシアという、日本にとっては最大の脅威である巨大な内陸国家とパワーバランスを取るための、有効な選択肢の一つであるのかもしれない。

▼少なくとも米国が、ロシア、中国という巨大内陸国家の台頭に対して、インド洋から太平洋にまたがる広範囲な包囲網を構築しようとしていることは、素人の目から見ても明白だ。およそ正規の科学とは認められない地政学だが、ここには国家の本音が潜んでいる。

増田経済研究所
「日刊チャート新聞」編集長 松川行雄




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