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増田経済研究所『閑話休題』バックナンバー

【閑話休題】第364回・再び「日本のダビンチ・コード」〜消された神々の名(後編)

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【閑話休題】第364回・再び「日本のダビンチ・コード」〜消された神々の名(後編)

【日刊チャート新聞記事紹介】

[記事配信時刻:2015-05-29 16:27:00]

【閑話休題】第364回・再び「日本のダビンチ・コード」~消された神々の名(後編)

▼不都合な真実である、それまでの王朝の神々の名は、歴史上から徹底的に抹殺され、アマテラス(大日霊女)が、日本の国づくりの始祖としての地位を得ていく。それ以前の神々の系図も、事跡も、まったく改竄され、ありえない話が「古事記」や「日本書紀」にふんだんに盛り込まれた。これは、もちろん数ある民間の研究結果のうちのひとつの仮説であり、すべてがこうだったというつもりはないが、多数派の意見としてはこの説はかなり支持を受けているようだ。

▼だから、九州などに多い「伊勢天照御祖神社(いせあまてらすみおやじんじゃ)」の祭神名を確認してみたらよい。「伊勢」と冠してあるし、「天照」となっているから、伊勢神宮の神様(アマテラス、大日霊女)のことだと思いきや、とんでもない、御祭神名は、天照國照彦天火明尊(ニギハヤヒ)である。天照大御神(大日霊女)ではないのだ。

▼さすがに、伊勢神宮は、現在ちゃんと天照大御神の名を、大日霊女としてあるが、ニギハヤヒの正当性は否定している。論拠は正史「日本書記」の「神話」そのものである。暴れん坊のスサノオ(弟)と、偉大なアマテラス(姉)が、「うけひ(仲直りの誓い)」をして、アマテラス系が続いてきた、という「正当性」である。ニギハヤヒはたいした人物ではなかったことにされているままだ。

▼しかし、事実は隠すことができても(政治であるから仕方がない)、以後、歴代天皇家は、かつての王朝の神々の怨念を恐れた。その証拠がある。現在にいたるまで、天皇家では一年で最も重要な行事である新嘗祭(にいなめさい)を11月23日(勤労感謝の日ということになっているが)に執り行う。国家国民の五穀豊穣を祈る、天皇の仕事の最大行事である。

▼その前夜に、いわば前夜祭として、天皇家では私的に行われる神事がある。天皇の霊魂を呼び返し、体に込めようとする、一種の魂返しの呪法で、『日本書紀』では、「招魂(たまふり)」という字を当てている。

▼いわば、パワーアップの儀式なのだが、新嘗祭の前日にこれを行う。前日、つまり11月22日とはなにか。それは、ニギハヤヒの命日である。なにを意味しているかはっきりしている。古来、怨霊を恐れる思いは日本人には、つとに強かった。そして、逆に怨霊を鎮め、崇め奉り、それによってそのパワーをむしろ我が物にしようという呪法はいつも行われてきた。

▼たとえば、神田明神もそうである。死した怨霊・平将門を祀り上げることによって、その怨霊の絶大なパワーを、逆に自らの鎮護に使おうとしたのである。それは、徳川家康が行ったことである。西の朝廷に対して、江戸で開幕した家康は、幕府鎮護のため、朝廷が恐れた怨霊・平将門を敢えて祀り上げることによって、幕府繁栄の守護神としたのだ。

▼天皇家で、新嘗祭の前夜に現在も行われているこの神事が、ニギハヤヒを想定したものなくて、いったいなんであろうか。

▼以前書いた閑話休題「日本のダビンチコード」でも触れたが、宮崎駿のアニメ「千と千尋の物語」にでてくる、ハクという少年は、湯婆婆(ゆばあば)に呪いをかけられ、自分が誰であったかわからないように、名前を「忘れさせられて」いた。

▼アニメの最終場面、千尋との会話の中で、ハク(正体は龍)は自分の名前を思いだす。それは、「ニギハヤミ」コハクヌシである。そのことで、ハクは呪いが解け、自由を得る。「名前を消されたこと」「呪いであること」そして、「ニギハヤミ」という名が、偶然の一致とはとても考えられないことなどから、宮崎が日本の古代史に、一刀を投じていることは間違いない。

▼ちなみに、「ハク」という名も、いささかうがった見方かもしれないが、宮崎流の暗号がこめられているかもしれない。ハク=八九と読める。八は、後述するようにスサノオの象徴数字である。そして九こそは、ニギハヤヒの象徴数字なのである。「ハク」には、スサノオ・ニギハヤヒという、出雲系神々の始祖・その親子をこめた可能性は否定できない。

▼それでは、日本の最古の王朝の大王・スサノオと、その後継者にして最古の統一大王国の始祖となったニギハヤヒが、いったいどういう改竄された名前で神社に祀られているか、一覧してみよう。これも、実は諸説があり、決定的とはいえないが、おおむね民間の研究では大勢の支持をうけている仮説である。異論があっても、仕方がないし、クレームをつけられても、無視するのでそのつもりで。とくに、イデオロギーが介在した反論は、一切受け付けない。あくまで仮説である。

▼スサノオは、祭神名ではなく、神社名からも、すぐにスサノオが祀られているかわかりやすい。隠蔽されたスサノオという名の符牒(暗号)は、「八」である。「八雲」「八重垣」「八坂」「八俣(やまた)」「八幡」「八千矛(やちほこ)」などを冠する神社は、祭神名が現在別のなにになっていても、まず本来はスサノオであった可能性がきわめて高いとされる。
スサノオそのものが、別の名前で祀られていることも多い。たとえば、以下の通りである。

●雷(いかずち)
●大山祇(おおやまつみ)
●高竈(たかおかみ)
●天王・・・牛頭(ごず)天王のような類いである。(八坂神社)
●熊野(日本全土にいたアイヌ=縄文人が、征服者スサノオを崇敬し、アイヌ語で神(カムイ)と呼んだ。カムイの別の意味は、熊である。アイヌにとって、熊は神である。)・・・出雲の熊野大社、和歌山の熊野権現、熊野本宮大社。

▼次に、ニギハヤヒの別名を一覧してみよう。これも仮説である。

●大歳(おおどし)・・・幼名。兵庫には、全国的にも極端に大歳神社が多い。年神と混同されているところが多いが、もともとニギハヤヒが出雲・日向から大和侵攻をする際に、兵庫が軍隊の拠点となっていた。兵庫、神戸の名も、神の軍営、神の軍隊・兵士の名残である。
●分雷(わけいかずち)・・・上賀茂神社。下賀茂神社は雷(スサノオ)。親子二代が上下賀茂神社で祀られていることになる。
●事解之男
●大国魂(おおくにたま)・・・大和大国魂神社、東京都調布の大国魂神社。
●大物主(おおものぬし)・・・奈良にある日本最古の神社・大神(おおみわ)神社の祭神。
●布留御魂(ふるみたま)・・・奈良・石上神宮の祭神。
●天照御魂(あまてらすみたま)・・・もちろん、伊勢のアマテラスではない。伊勢のアマテラスを祀った場合、天照御魂とは絶対に呼ばない。
●大山咋(おおやまくい)
●山王(さんのう)・・・日吉大社、日枝神社である。

ちなみに、金比羅(こんぴら、琴平ことひら)神社、金刀比羅神宮の祭神は、「大物主」である。つまり、大神神社と同じ、ニギハヤヒである。

▼日本全国広しといえども、神社名に「大神」の字を使っているのは、奈良の大神神社(三輪明神)のみである。日本古代史上、最高の大王だったということである。大神といえば、最高神を思わせるもっとも端的な呼び名のはずだが、後の天皇家も、怨霊を恐れたか、けしてこの大神(大物主、ニギハヤヒ)という名を新たにつくるアマテラス(大日霊女)を祀った神社にはつけたためしがない。

▼また、八がスサノオの符牒(暗号)であるように、ニギハヤヒにも、象徴的な符牒となる数字がある。九である。だから、全国にある九頭龍(くずりゅう)という神名は、ニギハヤヒが本来そこで祀られていた可能性がきわめて高い。

▼なお、動物の象徴としては、スサノオは烏(からす、八咫烏=やたがらす。八幡では、鳩になっている。)である。ニギハヤヒのそれは、龍である。「千と千尋の神隠し」にでてくる例のハクは、その正体が白龍(ハクりゅう)であることは、ご存知の通りだ。

▼祝詞(のりと)の中に、龍神祝詞というのがある。その中には、「一二三四五六七八九十のたりと(ヒフミヨイムナヤココノタリト)・・・・」という文言があるが、この呪文は「十種大祓(とくさのおおはらえ)」というもので、死者をも蘇らせるという、祝詞中でも最強といわれる「たまふり」の呪文である。

▼そして、「十種大祓」の祝詞は、こういう書き出しから始まる。

高天原に神留り坐す 皇神等鋳顕給ふ
十種瑞津の宝を以て 天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊に授給事誨て・・・・・

(たかまがはらに かみづまります すめかみたち いあらはしたまふ
とくさみつのたからをもって あまてるひこ くにてるひこ あめのほあかり くしたま
にぎはやひのみことに さずけたまひて・・・・・)

つまり、天地創造の神々が、ニギハヤヒに地上最強の呪文である十種大祓を授けた、となっている。そして、龍神祝詞には、まさにこの十種大祓が説かれている。龍とは、ニギハヤヒの心霊を化託した象徴にほかならない。まさに、千と千尋にでてくるハクそのものである。

▼以前、京都の籠(この)神社に詣でたことがある。天橋立のすぐそばにある。ここは、御祭神を、昔から天火明命、天照御魂神、天照国照彦火明命、饒速日命としてきた。ニギハヤヒそのものだ。

▼ニギハヤヒを始祖とする系図(籠神社蔵)は、現在国宝に指定されている。でたらめな系図など、国宝にするだろうか。「伝承によれば」と、ある宮司がわたしに言った。「賀茂神社も、大神神社も、御祭神はウチ(籠神社)と同じですわ。あまり大きな声では言えませんがね。」

▼かつて、持統天皇以降、アマテラス(大日霊女)を最高神に祀り上げ、皇統の正当性を改竄したが、このアマテラスはすんなり伊勢に落ち着くことがなかった。実は伊勢に神宮が定まるまでに、実に90年にわたり、90の神社に「間借り」をし、「たらい回し」された経緯がある。平均すれば、1年に1回移動したことになる。それだけ、受け入れられなかったのである。

▼無理もない。およそそれまで聞いたこともない神を、最高神だといって押し付けようとしたのだ。すんなり人心が受け入れようもないのだ。だから、本拠地・伊勢に定まるまで、おびただしい堂々巡りをする羽目に陥ったのである。

▼先の籠神社も、そうした間借りを許した「元伊勢」と呼ばれる神社のひとつである。だから、いまでも籠神社の御祭神は天照国照彦天火明命(ニギハヤヒ)だが、伊勢神宮の天照大御神も境内に祀られている。伊勢の天照大御神(大日霊女)が、籠神社に間借りをしていた時期、とうの昔から籠神社には、主祭神として天照国照彦天火明命(ニギハヤヒ)が鎮座していたのである。

▼こうしてみると、日本中にある、まるで別の、無関係な神々や神社が、スサノオとニギハヤヒという二つの線にかなり集約されていることになる。みなさんの家の近くの神社、御神名を確かめてみたらどうだろう。歴史の改竄によって、消された二人の魂が、あなたの元でその名によって蘇り、ことのほかパワーを与えてくれるかもしれない。ハクが、名前を思い出し、呪いが解けて、千尋の守護神と化していったように。信じるか、信じないかは、あなた次第。名前こそは、力の源泉なのだから。

増田経済研究所 日刊チャート新聞編集長
松川行雄



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