【日刊チャート新聞記事紹介】
[記事配信時刻:2013-03-06 17:49:00]
【閑話休題】第4回・ケインズとフリードマン
▼安倍首相が、「フリードマン」という言葉を使ったことが報道に出ていた。個人的には、隔世の観があり、新鮮な驚きでもあった。そもそもこれまでは、首相が経済学者の名を挙げて、その経済理論をとうとうと述べるなどということもなかった。しかもフリードマンである。
▼かつて学生時代( 80年代前半)には、経済学の教科書といったら、どこの大学に行ってもたいていはサミュエルソンだった。90年代は、さしずめスティグリッツだろうか。しかし、現実の政治経済の世界では、戦後、世界中が依存したのは、ほぼ一貫してケインズ主義だった。ケインズは有効需要説を基礎に、裁量的な総需要管理政策を導いた。このように書くとなにやら難しいのだが、やや乱暴に言えば、不況で失われた価値を、財投で回復すると書けば、「ああ、自民党がずっとやってきたあれか」と合点がいく。
▼このケインズ主義の優等生は、歴史上いったい誰だったろうか。驚くなかれ、ナチスドイツである。第一次大戦後の経済破綻から、ドイツを奇蹟の復活に導いたのは、ナチスドイツの国家社会主義であり、その経済政策の根幹はまさにケインズ流だったといえる。それを独裁によって、必要な需要に対して適格な資源配分を行った。
▼抵抗勢力は暴力で抹殺するから、スムーズでスピーディである。1929年の世界大恐慌から、ただ一国、抜け出したのがドイツだった。恐れをなした英国のチャーチル首相が、当代きっての経済学者であるケインズに、ドイツのやり方を批判してくれと論文を依頼したが、出てきた結論はドイツ絶賛という皮肉なものだった。
▼一方、アメリカは立ち上がれなかった。ルーズベルト大統領がニューディール政策を行ったが、これもケインズ流である。財投そのものだ。ダムの公共事業がよく知られる。社会主義的だからこそ、これを嫌うアメリカではニューディール政策は抵抗に遭い、なかなかはかどらなかった経緯がある。一時的にこれで景気は最悪期を脱したものの、3年で失速。それ以前の恐慌状態より景気は悪化してしまう始末だった。
▼教科書などには、ニューディール政策で大恐慌を克服したと書いてあるものもあるが、それは正確ではない。英仏も状況はアメリカと似たり寄ったりであった。この間隙を塗って、ドイツは植民地の再分配を主張して侵略を開始した。その征服シナリオの背景には、マルク共栄圏構想があった。後のユーロの前身である。またたく間に、欧州大陸を席巻していったドイツの躍進に脅威を感じたアメリカは、どうにも経済のデフレ化から抜け出すことができずに焦った。そして究極の選択をした。戦争突入である。いわゆる軍需景気によってデフレ経済を打破しようとしたのだ。それは見事に図に当たった。
▼戦後、世界はナチスドイツの成功にかんがみ、ケインズ流が経済政策の王道となったのだが(米国におけるその失敗は忘れさられた)、90年代以降のデフレ経済にあえいだ日本では、もはやケインズ流に限界があることを世に知らしめた。さりとて、かつてのアメリカのような戦争という究極の選択はそもそもありえない。日本のデフレ経済長期化を目の当たりにし、サブプライムショックで揺らいだアメリカは、デフレ化を必死で回避しようと模索した。
▼その新たな選択とは、大恐慌の頃、ケインズを徹底的に批判したマネタリズムの教祖フリードマンの説だ。米国連銀のバーナンキ議長自身が熱狂的なフリードマン主義者であり、通貨供給量増大によって資産効果を産み出し、これを景気転換のテコにするその手法は、サブプライムショックを見事に克服し、米国の株式相場(NYダウ)は史上最高値を更新した。ワシントンポストの社説に、バーナンキ議長自らが社説を載せ、「これから株価を上げる」などと公然と言ってのけたのも、フリードマン流ならではの演出であろう。資産効果の加速は、住宅価格にも及び始めており、二度と立ち上がれないだろうと言われた米国経済は、文字通り復活の道を歩み始めた。
▼今では、日本と同様、インフレに対してアレルギーを持っているとさえいわれる欧州世界でも変化が見られた。このフリードマン方式で、2012年の債務危機をなんとか乗り切ったのだ。そして、今、日本である。安倍首相の口から、フリードマンという言葉そのものが発せられたことは感慨深いものがある。1929年の大恐慌をめぐり、かつてケインズ派とフリードマン派が喧々諤々の論争を繰り返した時代。長きにわたったケインズ一辺倒の時代。そして、ここにようやくフリードマンが金融政策の王道として改めて登場してきた。100年近くをかけて、確かに新しい時代が始まろうとしているのを感じないだろうか。
増田経済研究所
コラムニスト 松川行雄
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